雨漏り奮闘記 慶州への車窓から見た風景
「川で洗濯風景」 昔話の世界です。「おばあさんが川へ洗濯にいきました。」
そんな風景画広がっておりました。
「おじいさんが山に柴刈りに」
ここでもお伽話の世界がありました。
畑の中を歩く民族衣装きた老夫婦
川に橋が架けてなく、川中に石を置き、飛び石のように渡っておりました。
また、当時北朝鮮と戦争状態のため、戦略的につくらなったことも
考えられます。
韓国の田舎の風景(昭和41年)草ヤネに、村の周りが土塀で囲まれ、何かの行事でしょうか、民族衣装で外に出ております。
テグー(大丘)で乗り換え、駅員さんの機転で逆方に
行かずに済み、思い出深き、印象の旅行をする事が出来ました。
前出の写真は、まさに「昔々ある所におじいさんとおばあさんがおった」世界です。
川原に子供をひとり遊ばせ、世間話に花を咲かせ、洗濯をしている風景です。(写真1)
次に飛び込んできた風景はおじいさんがオンドル(韓国式床暖房=かまどで夕食を炊き、その煙で泥を塗った床下を通り、反対側の排煙の煙突から煙がでる方式)に使う薪を背負い、疲れて一休みしている風景でした。(写真2)
私は新しい物珍しく、早春の寒さをものともせず、(韓国は大陸性気候)窓を開け、カメラを獲物をとる銃口のように200mm望遠レンズ構えておりました。
民族衣装をまとい、藁で編んだ籠みたいな入れ物を肩に下げ、種まきをしている姿(写真3)、また、民族衣装の老夫妻が近道の為か、あまり道路も無い為か、畑を無造作に歩き、奥さんに何か促してる風景(写真4)は今では貴重なフイルムと思い、ブログにアップしました。
北朝鮮と戦争状態の為もあって、また、財政的にも橋を架ける費用の不足か、河には橋が無く、大きな石を飛び石状態に置き渡ろうとしている写真
がらんとした家で家具ひとつ無い家の写真、
村落の周りを貧相な土塀で囲み、貧相な村々の風景、きっと日本の100年前の風景だったのでしょう。
こんな写真も保存してあります。
好奇心旺盛な20歳前後の思いでは強烈に脳裏に刻まれました。
最後の写真5は藁ふきの屋根が密集し、村人が民族衣装で行きかう写真です。
友人の崔さんに写真をお送りしたところ、大変喜んで、韓国でもこのような写真は撮ることが出来ません。と
いただいたのが、もうかれこれ20年近くになっておりました。
以下に韓国が日本に対し、追いつき、追い越せでやってきたことがわかります。
結果、小型自動車,白物電気、造船、鉄鋼などいくつかの分野で日本を追い越すまでになり、現在のソウルは東京のような感じです。
漢江の対岸に新都心が出来たり、素晴らしい発展です。
来年のゴールデンウイークに慶州の旅を思い描いております。
新瓦博士





