能舞台 紅葉写せし 鐘の音
耳なりが 老い行く姿 映しゆく
枯れ尾花 ひかる朝露 黄金色
十二単衣(じゅうにひとえ) 水面(みずも)写す 黄金色
勅使門 紅葉錦に 陰落し
築地塀 苔生したる 落ち錦
初詣 打つかしわ手に 春来たり
初参り 澄み切る闇に 初氷
童らの 雪喜びて 白化粧
能舞台 紅葉写せし 鐘の音
耳なりが 老い行く姿 映しゆく
枯れ尾花 ひかる朝露 黄金色
十二単衣(じゅうにひとえ) 水面(みずも)写す 黄金色
勅使門 紅葉錦に 陰落し
築地塀 苔生したる 落ち錦
初詣 打つかしわ手に 春来たり
初参り 澄み切る闇に 初氷
童らの 雪喜びて 白化粧
雨漏り奮闘記「私は貝になりたい」を観賞して
雨漏り奮闘記「私は貝になりたい」を観賞して
家内と一緒に久しぶりに「私は貝になりたい」を見に行きました。
50年ぶりでした。
「フランキー堺」主演の「私は貝になりたい」を見てから。
私の記憶にあったのは、13階の死刑台を昇ってゆき、「あ・・・・・・・」と言って終わるシーンだけでした。
古い記憶をたどって50年前のチッケトを見つけました。
「ありました。」 たったの20円で・・・・。
しかも、「戦場のなでしこ」他2本立て、 計算すると1本50円です。
今では何も買うことができませんね。
長い歳月を過ごしてきたことを痛感いたします。
今回はシニアということで割引1000円で観賞いたしました。
この映画は反戦作品です。
大画面で音楽、特に和太鼓を活用した音響効果は素晴らしかった。
映像の素晴らしさは、夕日を画面いっぱいに取り入れ、また、200人の嘆願書に署名が集まり、夫の命が助かる、奥さんのうれしい心を「雲の合間から海に光差す光陰」にて、表現し心に届く素晴らしさがありました。
中国の山寺の絶壁から見た光景、また、京都・清水寺で見た光景を思い出しました。
いや、もっと素晴らしく、暖かい気持ちで観賞いたしました。
しかし、最後の200人目の署名に使用した筆記用具がサインペンでした。
この時代は(昭和23年~25年平和条約が締結される時)鉛筆と万年筆しかなく、マジックインクさえありません。
それと、衣服がみんな豊かでした。あんな豊かな服装は有りません。ズボン、洋服はツギハギだらけでした。
特に子供たちは、たんぱく質が不足し、鼻水をたらし、洋服の袖は鼻水を拭いて光っておりました。
洗濯機はなく、石鹸も無く、苛性ソーダでした。
当時は、まだ川の水が綺麗で川で洗濯をしておりました。
家によっては、灰の上澄み水を洗濯に使用していたのです。
この映画をきっかけに当時の世相を映す資料を探してみました。
有りました。この大東亜戦争(太平洋戦争でも第二次大戦、ましては、昭和戦争でもありません。)に関係した資料が・・・・・。
大東亜戦争は当時アジアが欧米列強の植民地であった。
当初の大義名分は「アジアを列強の植民地から開放する」でした。
しかし、日本はベトナム・ビルマ・マレー・インドネシアの国民に神道礼拝・日本語の強要をしたため、東京で開催された、大東亜会議の参加国も離反していきました。
こんな歴史背景は別として戦争の発端となった「最後の皇帝 愛新覚羅溥儀」の満州帝国の建国の新聞(昭和9年3月2日 東京朝日新聞)が見つかりました。
ラストエンペラーの話を書きますと.非常に長くなります。
割愛いたします。
昭和19年12月号「若桜」(月刊誌)にあの「知恵子抄」作者、高村光太郎が「12月8日4度来る」を掲載しています。
戦争が激化して少年までも戦争賛美に向かわせる詩を高らかと詩って居ります。
裏表紙には三和銀行が広告として「みたみわれ この大み戦に 勝ちぬかん」と、また、「仁丹」も「前線銃後保険大陸厚生工作に御利用の戦時要薬」ですよ。
そして、第一ページには昭和16年12月8日の詔書として「昭和天皇の詔」が記してあります。
もし、ご希望の方はコピーして差し上げます。電話またはメールを下さい。
極め付きは、「戦争の張本人はこの男だ」とルーズベルトとチャーチルが米英鬼畜と掲載されております。
最後は戦時国債です。
当時、日本国は戦争遂行のために「戦時貯蓄債権」を発行いたしました。
償還は昭和57年2月で償還金額は15円が30円です。
昭和57年2月で30円は・・・・。石油危機が昭和48年です。
何も買えません。
今は、骨董価値を待っています。
買った本人は、食べるものも食べず、「お国の為、貧乏に耐え、この国債をで、老後の安心をと思って購入したことでしょう。
結果は「デノミ」の新円切り替え・・・・。
泣くに泣けなかった事言でしょう。
でも、大砲の弾や、戦車・軍艦の印刷された債権を持っている方も少ないでしょう。
骨董価値を期待して持ち続けましょう。 自分で納得。
最後に今の年金制度も、元は不足した戦費調達が目的で考案されたものです。
国民は40年もたてば、死亡したり、忘れたりすることを願って自己申告制にしたのです。
これで納得。でしょう。
新瓦博士