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雨漏り奮闘記 世界遺産都市『クスコ』

2010.03.15 (月)

 雨漏り奮闘記 世界遺産都市『クスコ』
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  雨漏り奮闘記 
 アンデスの峰々を眼下に見、降りったクスコはかってのインカ帝国の都だった。

インカ帝国は初代マンコ・カパックによって創設され
13代アタワルパがスペイン人ピサロ提督に滅ぼされるまで300年の栄華を誇った。

そして南北2000K以上に及ぶ大帝国を誇り、それは現在インカ道と
言われる道路を建設し、深い谷には2本のつり橋を架け
庶民と貴族を分離し、どちらかが老朽化すると一本を解体、他の一本を使用して再度つり橋を再建した。

また、街道のあちらこちらに食糧庫を建設し、旅人に不自由なく、速やかに、物資・情報をクスコの都に運ぶようにした。
そこには全ての道はローマにと同じ考えがあったのでしょう。
もちろん、そこには飛脚の制度も存在したという。

そして、このインカ道が、のちに征服者ピサロを助け、進軍を早めたという。

クスコの飛行場に広がる眼下の風景は、
赤茶けた山肌にへばりつくように立つ掘立小屋のような
インカの末裔の住居とスペイン風の瀟洒な建物のアンバランスと
荘厳なキリスト教の寺院だった。

光子はインカの末裔の若い女性たちと撮影に悦に入っていた。
今では、この装束がインカの代表的な民族衣装かもしれないが、
我々東洋人にとっては何か違和感を覚えた。

貧困の中に派手派手感があって、しかも西洋とインカの混在、
征服された民族の悲哀なのかもしれない。
                                            
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太陽光を推進しよう会の「 新瓦博士」