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知られてない凄い遺跡‼。日本のストーンサークル

2019.07.12 (金)

 大湯に着いたのは午後でした。当時は花輪町でした。今は、鹿角市(かずのし)です。東北本線を盛岡で花輪線に乗り換え、十和田湖に行く途中にあるのです。

 日本のストーンサークル、謎めいていて面白いと思って行ったのです。町中から少し離れている所にありました。大きさ4~5m位の円形の中に1m位の細長い泥状粘板岩の様な石が円形を描いていました。私はイギリスのストーンサークルを描ておりましたが、少しがっかりもしましたが縄文時代の遺跡だそうです。祭祀のための遺跡と聞いておりました。

 今、大湯のストーンサークルは世界遺産を目指すべく、広大な敷地に高床式の余市で見たアイヌ部落の高床式茅葺の住居のようです。相当の住まいが立ち退いて今の景観を作っているのです。それは壮観です。環状列石も本来の2重構造に戻してあるのです。
 これは、青森の三内丸山遺跡に匹敵する景観です。縄文人は文化の発達する以前から氷結した日本海を徒歩で渡ってきたDNAがそうしたのでしょう。民族学的にはイギリス~ロシアかけて住んでいた狩猟民族のようです。

 温暖化して、日本海が形成され丸木舟で物々交換の貿易をしていた加工したのです。前に宗像大社のブログで糸魚川のみで産出する「ヒスイ」を韓国で勾玉の紐を貫通させる技術を得るために運び、再び日本に輸入したことを書きました。
 縄文人は命がけで貿易をしていたのです。弥生人は南方諸島から黒潮に乗って、また、横断して沖縄の島伝いに日本来たことをNHKがTVで放映したのです。

 今なら、大湯温泉でひと風呂浴びて宿を取ったでしょう。貧乏一人旅は十和田湖にむかったのです。また、今は鹿角市から離れていて散歩がてらといかないのです。

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