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男鹿半島のなまはげと鬼伝説

2019.07.16 (火)

 秋田県:八郎潟(寒風山)近在にはなまはげの民族伝統行事があります。この行事は、ユネスコ無形文化遺産として登録され、TVで放映されます。
 なまはげの語源は囲炉裏に長く暖を取っていると低温やけどするのです。なまけ癖を剥ぐことを方言で「ナモミ剥ぎ」が訛ってなまはげになったのです。アイヌの阿弖流為の先祖たちがロシアからきたのです。このなまはげも、ロシア人が難破して、寒風山付近に漂着して、住みついた物となのです。現在は、なまけ癖を剥ぐ神ということで来方神になっています。
 日本に伝わる鬼伝説は丹後半島の酒呑童子が最初なのです。この酒呑童子は同じく黒潮に流され漂流した白人なのです。インド・アーリア系民族か大航海時代のヨーロッパ人です。
 日本海の村には鳥取県伯耆町の守り神の鬼伝説、青森県の岩木山の神としての鬼伝説があります。 戸内海には桃太郎伝説があります。吉備真備の吉備神社、香川県の女木島(鬼が島)があって女木島には鬼が財宝を隠した鬼洞窟や日本の各地の鬼が集まる鬼の間あるのです。何か本当に存在したようですね。
 吉備真備は俊才がゆえに大和朝廷から疎まれ、2度も遣隋使として渡航し帰国したのです。高麗と国交を断絶した南シナ海の航海は想像を絶するものでした。真備の怨念が鬼に変化したのでしょう。桃太郎は大和朝廷だったのでしょう。

 オニははおぬの訛ったものです。節分の鬼は不動明王の形相から鬼に仕立て、春の芽吹き、冬眠から目を覚ました動物たちを神の食卓、己の食卓に添えられる喜びを「福はうち、鬼は外」叫んだのです。暖かい春の日差し向かへ、寒い陰鬱な冬から去りたい気持ちの表れです。
 東京には雑司ヶ谷の鬼子母神、京の都の羅生門の鬼は、戦乱の世、住まいを焼かれ、食べ物がない人々が、行商人や行き交う人々に恵みを乞う姿で、もしくは戦争中、自給自戦を強いられた陸軍が戦友を食べ、村人に人肉を売った姿と酷似してます。
 人間も飢えには勝てないのです。

 なまはげは、見たことがありませんが、近くの船越町に土地を買ったり、モリによる漁法が存在したころ、おじいさんの漁師さんと一緒に写真に納まったころを思いました。昭和60年代このあたりの畑に櫓が立って、石油(原油)が噴き出ていたのです。八幡油田の看板がありました。信じられますか。

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