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ポンで・ガール

2016.06.28 (火)

紀元前19年にローマ皇帝アウグスチヌス帝の命を受け50k先の
山地から1k当たり約25cmの高低差で水を引いたのです。

江戸時代、玉川兄弟が江戸に水を引くために、夜大勢の村人に提灯を灯させた玉川上水はできたのです。
それよりも、1700年も前に何らかの測量機器を駆逐して、ひかれたこのポンデユガールはどれほどの難工事だったことでしょう。

この川幅のある渓谷に水を迂回させ、石灰岩の石橋を建設したこの
素晴らしさと、幾多の洪水にも耐えた橋梁の構築、考えただけでも、ローマの土木技術の高度差かわかります。

3層の橋梁、積みあげの技術、またクレーンがあったこと、石を挟み
持ち上げる技術、50kmの間の漏水を止める技術、また、水路に雨水を侵入させない技術、どれをとっても2000年前に手計算でやったのです。

考えられない素晴らしさです。日本の錦帯橋でさえ何回となく流されているのです。

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ポン・デユ・ガールの周辺の案内図で説明を聞く

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小学生の時の社会の教科書で見たポン・デ・ガールがそこにあった。
感動と驚きを覚えました。

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短い夏を楽しむ人々。
2000年前から憩いの場所だったことでしょう。

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笑顔の光子

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ゴムボートで思い思いに楽しむ人々

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「守り抜かれたシルクロードの秘宝」黄金のアフガニスタンを上野の国立博物館に行ってきました。(2016.4/12~6/19)
そこに、こんな言葉がありました。「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」と。さらに解説の中で「私の命などは些細なものだ。この秘宝を守ることに自分は苦難の道を選んだ」ある者は拷問のなかに自らの命を落とした。
戦火にあった秘宝を命がけで運び、トッラクで国立銀行の地下倉庫に収納し、いつの時代に開かるとも知らない鍵を閉め、無言で守って来たのだ。その秘宝の中に紀元前3世紀の軒瓦の飾り瓦あったのです。
アフガニスタンといえば索漠とした砂漠の国です。瓦も四代文明の発祥地で作られ、チグリス・ユーフラテス文明とインダス文明の間に挟まれたこの地も紀元2000年前からインドからエジプトまで貿易を通じ、文明が行き来していたのです。
軒瓦の飾り瓦はポンペイの人面(女性)瓦、イタリアの飾り瓦、シルクロードの各地の瓦当、どこに行ってもあるものです。

日本の瓦屋根。瓦万歳。 久喜・蓮田・白岡・幸手・加須・宮代・伊那・古河のみなさんよろしく。

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