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貧しさも観光資源。カンボジアのトンサップ湖         

2017.11.30 (木)

 アジア最大の湖「トンサンップ湖」そこには貧困にあえぐカンボジア人が水上生活を営んでいます。
 私が1960年代の大学生の時、海外旅行で韓国に行き、当時はまだ仏教徒が数多くいました。釜山近くの梵魚寺にって驚いたのです。仏様に土下座の恰好での礼拝しておりました。
 カンボジアのアンコールワットを旅行した時も同様でした。アンコールワットから、トンサップ湖いく途中、車窓から眺めた風景は、内戦の傷跡が残る風景と蟻塚の景観でした。ガイドさんの説明では電線が引かれている家は富裕層なのです。貧困層は、葦で日陰を作り昼間は縁台で寝転がっているのです。
 働く職場もなく、その日暮らしの生活です。また、内戦で地雷があちこちに埋められ、足のない人、手のない人が5~6人で音楽を奏でたりしながら観光客に恵んでもらって極貧の生活に耐えているのです。
 
 日本でも昭和20年前半に傷痍軍人が白衣とゲートルに軍靴姿で上野公園などでギターやアコーディオン弾き、戦闘帽に小銭を恵んでもらう姿を見かけたのです。トムサップ湖までの道すがらよく見る風景でした。内戦の悲惨さがどれ程か日本の平和の大切さを感じました。。
 トムサップ湖に行ってまた衝撃を受けました。パンツも履いてない6歳くらいの子供が遊んでいるのです。しかも、小学生くらいの子供が私たちの観光船を操り大人がお金を集金していたのです。
 ネパールもチベットも同様で、小学校すら頭のよい子が一家で1人代表して行くのす。現実に働く子供が多いのです。働き手でない女の子は、医者にもかかれず生きることさへ叶わないのです。エベレストに行ったとき、女医のO女医さんがアジアの現状を教えてくたのです。そのことを思い出しました。また、カトマンズでのことです。お兄さんが路上のカーバイトの灯の下で弟に勉強を教えていたのです。
 船がランチのレストランへ行く途中です。10歳くらいの女の子が3m位の錦蛇をマフラーのように首に巻き付け、写真を撮らせチップをめぐんでもらっているのです。毒蛇でないことは解っているのですが私にはできません。このトムサップ湖には何千人という水上生活者が共存しているのです。湖の水は飲料水になったり、洗濯場であったり、トイレの役割(厠)もしているのです。
 また、水上生活者は観光客に日用品・土産物を売り生活しているのです。まさに、貧困を売り物にして、経済のサイクルがなりたっているのです。すべて内戦による被害者なのです。

 日本でも有楽町の数寄屋橋界隈(銀座)に焼夷弾で焼け野原になった戦後、水上生活者が外堀や33間堀川(現在は見えません)を行き来するタイル写真が数寄屋橋に残されています。そこには米兵が闊歩する姿が克明に写され日劇も写っておりました。
 どの国も同じ道をたどるのです。日本の戦後復興は世界に類を見ない速さで進んだだけです。日本人に生まれたこと自体が幸せなことと再認識しました。

教訓:戦後2~3年数寄屋橋の銀座にも水上生活者が存在し、日本人は知恵と労働力、女性の活躍で復興を成し遂げたのです。