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虎視眈々と天下を狙う正宗・・・・・。

2019.07.09 (火)

 正宗は陸奥にあって、独眼竜の奥深くに秘めた63万石の外様大名でした。
 しかし、戦国大名で陸奥で覇をとなへ、領国を拡大したのです。また、支倉常長一行を遣欧使節団として派遣したのです。バチカンの教皇パウルス5世に国書を差し出し、日本におけるカトリックの王と認めてもらい、スペイン国王と手を組み統幕計画を実行しようと計画したが、当時スペインは植民地の権益をイギリスに奪われ、国力が下降し幕府転覆計画拒絶され、計画は水泡に帰したのです。そのうえ徳川幕府は、3代将軍家光の時に鎖国令が確立し、長崎の出島にてキリスト教(耶蘇教)でないオランダ、中国、朝鮮、琉球のみ貿易を許可したのです。
 支倉常長は鎖国の最中に帰国し、蟄居させられ座敷牢に入れられたのです。
 しかし、早晩支倉家は、蟄居を解かれ、禄をもらい現在まで血筋がつながり仙台に住んでいるとのことです。
 遣欧使節団の中には現地の女性と結婚し、haponnの名前で呼ばれている人々がおります。

 話は変わりますが、高山右近は5大老の前田利家が亡くなり、家康に「耶蘇教をとる日本とるか」詰め寄られ、スペイン領のフイッリピンに住んだのです。義父宗春の慰霊の旅でのフイリッピンのマニラ市で右近の像を見てきました。