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五浦海岸と塩屋岬

2010.09.14 (火)

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今から10年は経つだろう。今と同じ、台風の時期だった。海が荒れているだろうと、海岸に行ってみた。
岩に波濤はくだけ、波は荒れ狂っていた。五浦海岸は、名前のごとく5つの入江からなった景勝地だ。
それよりまして有名なのが、27歳にして岡倉天心が現在の東京芸大の学長になり、この五浦の海岸に日本美術院を移し、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山などを呼び、日本画家の創作活動の起点にしたのです。
 岡倉天心が建てた六角堂は大五浦と小五浦の間の岬に建てられた赤い六角の御堂である。まさに五浦の景勝地である。しかし、東日本震災で一飲みにされてしまった。有志達がすぐに復興したのです。しかし、歴史は波涛の中に消えてしまったのです。
 また、ここから、太平洋戦争時、アメリカ本土の向けて、ジェット気流に乗せて『風船爆弾』をと飛ばしたのです。今、忘れじの石碑として立てられた碑も、忘れ去られようとしております。
 今回、フイリッピンの慰霊の旅に行って、フイリッピン政府、及びアメリカ政府は、あのすさまじい戦争をいつまでも残そうと、よく整備されております。
 また、海岸を走る国道で目につくのが、童謡作家「野口雨情」の看板と記念館です。
 かれは、渋沢 栄一がアメリカに送った赤い靴をはいた人形『赤い靴』や『七つの子』で有名な詩人であります。
 それから、少し北上すると福島県いわき市の塩屋灯台につきます。昔、塩屋灯台は、私が高校二年生の時に一世を風靡した木下慶介監督『喜びも悲しみも幾歳月』の白亜の灯台が銀幕に登場したのです。今は坂道を老夫婦が通った灯台の道も夏草が生い茂っておりました。
 今はこの灯台も、すべて自動化され、無人の灯台になって、夫婦の心温まる物語も、昔の思い出話になってしまいました。
 そして、この灯台もまた、戦争の悲劇を味わったのです。日本海軍、あるいは軍事目的に利用されたせいか、昭和二〇年戦争末期、米軍によって破壊されたのです。
 現在は、夫婦愛の映画より、美空ひばりの『みだれ髪』の方が有名になり、この美しい、灯台100選よりも、ひばりさんの記念碑の前に立つと「みだれ髪」が熱唱される方がよいと見えて、灯台に行かれる方も少なくなりました。
 昔の塩屋灯台を知っている者にとって何か『さびしい』物が感じられます。
 それだけ、私も齢を重ねてしまったのかもしれませんね。

ファイル 613-1.jpg
波濤砕ける五浦の海岸

ファイル 613-2.jpg
ここから、かってアメリカ本土に向けて風船爆弾を飛ばしたそうです。
いくつかはアメリカ本土に行ってなにがしかの被害は与えたそうです。

ファイル 613-3.jpg
渦巻く灯台元の波濤

                           
ファイル 613-4.jpg
どこまでも続くいわきの海

ファイル 613-5.jpg
美空ひばりの『みだれ髪』の記念碑

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