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記事一覧

鴻の鳥 最近は赤ちゃん連れてこないです。

2019.06.18 (火)

コウノトリは結構大きな巣を屋根の棟の上に営巣しますが人間が巣の土台と成るべくリングがつくって在るところに小枝や紐、羽根を集めて造るのです。

九州の五島列島に野生のコウノトリが飛来し、田園が無農薬肥料だったからでしょう。戦後食料なんで捕獲して食べたそうです。鷲宮神社の神、鶏も神通力を発揮しないため、氏子食したそうです。

今、こんな話

平泉中尊寺の秘仏を藤原祭り

2019.06.18 (火)

東北周遊巡りの中に平泉中尊寺の見学入れ、人気のいない平泉訪れました。私、二十歳の年でした。金色堂も覆い堂もなく苔むした杉並木中に弁慶堂を見ながら早春の東北の旅でした。秋田の宿坊で若者同士が春告げ魚(ハタハタ)つついた記憶があるのです。
入場券を購入して金色堂の中に入り金張り、螺鈿が黒ずんで多少剥げ落ちておりましたが素晴らしくて金縛りにあったようになりました。当時から撮影は許されず絵葉書を購入し須弥壇下の頭部が人間、下部が鳥の拓本購入して表そうしたのです。今では購入できないと思います。仏様の須弥を安置する所は1間四面になっています。テレビで見たのですが藤原一族は、北方民族ではなく大和民族の血統とのことでした。ミイラのdndから調査したそうです。
須弥壇下に基ヒラ、清ヒラ、秀ヒラ、泰ヒラのミイラが安置されているのです。
現在は世界遺産位なり四方ガラス張りです。建立当時の金箔、螺鈿、円柱素晴らしさは言葉に出ません。覆い堂ができてから2度訪れています。
すぐ近くの秘仏堂に入り人肌の大日如来見学、カメラで撮影して良いか確認したら良いとの古とで撮影したのです。今では4年ごとの御開帳で紅葉の季節は大勢の観光客が訪れるとのことです。
秘仏は
人肌でくちびるは紅を刺してふっくらしています。見学した当時は何時でも
みられたのです。それも、私一人でした。

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藤原祭りあると 言うことで秋田の寒風山から見たい気持ちで急行で戻りたのです。当時は平泉の駅前商店街んり歩いたのです。当時も義経が兄の追到逃れ秀ひらに迎い容れられたシーンは今も変わりません。
今は五月三日毛越寺から中尊寺に総勢91名の大絵巻繰り広げられるそうです。

加須市 浮野の里

2019.06.17 (月)

加須インター近くにある浮きの里は今花菖蒲が咲き、茜たすきに紺かすり姉さんが田舟を漕いで足踏み水車回っていることでしょう。潮来の風景とおなじです。この浮きの里には氷河期の特有の植物と里山の風景が色濃く残っております。菱や食中植物の宝庫です。駐車場や水洗トイレも完備され木道もあって散歩がてらにどうですか。高見台もあるのです。
沼海老、オタマジャクシ、メダカ、運かよければ亀に会うかも知れません。地シバリの黄色い花も良いですよ。
帰りに加須のうどん等も粋です。加須のうどんは利根川の反乱で肥沃な堆積層に恵まれ二毛作が可能になり麦畑広がっていましたが今は都市化の波で住宅地になってしま耕作放棄地ふえるばかりです。
もし、時間があったら不動岡高校近くの五箇宝を買って総願寺の編額の住職頼んで見学したらどうですか。くすんでよく見えませんが関孝和の弟子が羽生から加須近在におおくいたせいです。板倉の来電神社の編額よく見えます。
五箇宝は江戸に参勸交代にきた大名、家来のお土産だったのです。
秩父街道、中仙道から故郷に帰ったのです。

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成田山と野田市関宿の地名

2019.06.17 (月)

野田市は明治初期30,000人人口で木更津市についで千葉県第3位の町(関宿)
で寺町、台町等の地名を残しておりますが今は鉄道、高速道路等流通良くなり寒村化しています。

当社も仕事の関係で関宿と多くの関わりを持っていました。木間ヶ瀬のk大工仕事で駒形神社の屋根葺き替えをしたときの事です。見渡す限り全面に稲穂が揺れる穀倉地帯の風景広がっておりました。小さな杜の社です。木々に巻き付いた縞蛇ポトン、ポトンと落ちてきたのです。ビックリしました。
そもそも、駒形神社は将門の名馬が飼い葉桶の水を飲んだ所餅が入っていて喉を詰まらせ死亡したため、村人が社を建立したのだそうです。
平貞盛の密使のなかに「桔梗」と言う間者いたそうです。貞盛は碓氷峠の関所通り、京都へ逃げ帰り平将門征伐のために成田山新勝寺と太田の豪族藤原秀郷の強力で関東を朝廷の管理下統治できたのです。神田明神は岩井(磐井)の神田(カデ山)を取ったものです。大手町の首塚も将門の呪いだそうです。当時のままだそうです。
坂東市、野田市、春日部市に将門由来の地名が多いのは菅生沼を琵琶湖見立てて着けた地名だかなのです。
武者土、〆切、古布地、山崎、三ヶ尾等があります。仕事で色々ところに行き知識を得ることは人脈でき素晴らしい仕事と誇り持っています。
駒形神社の氏子の人たちは桔梗の花と成田山の参詣にいかないそうです。これも時代と共に忘却彼方流され忘れられる地名でです。

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青函連絡船

2019.06.17 (月)

青函鉄道の無い頃の話

今から50年以上前のことです。新婚の頃かも知れません。もしかしたら恐山、仏ヶ浦や野崎ヶ岬や薬研温泉行ったときことです。
恐山から大湊迄観光船に乗って青函海峡を垣間見た時です。農耕馬の祖先に当たる大間崎の近くに野生の馬がいたのです。平泉の藤原氏や源義家やアテルイ、清原氏、安倍一族等が戦闘に用いた馬の祖先です。
その晩は薬研温泉に宿を取り朝食の時です。高速道路も無く流通も悪く烏賊そうめんも知らなっかたのです。
はまで取れ立て烏賊が出たのです。美味しかったこと今でも鮮明に舌が覚えているのです。初めて見るホヤを眼の前にして流石の妻も躊躇し箸が出なかったのです。色鮮やかなホヤでした。今、久喜、羽生周辺で眼にするホヤはドス黒く手が出ないと妻がこぼしております。ホヤは食材の女王呼ばれているそうです。

恐山の小さな地蔵さん並ぶ斎の河原や門の横手あった男の生殖器の石仏、木彫りは男系子孫繁栄望むためなのでしょう。イランで観た風化した寺院の姑さんと新妻の御百度参りを思い浮かべました。
子孫をもうけなけれだば無縁仏なって忘れられてしまうのです。私たちも貧乏で10円の貝食べられなっかのです。当時、国定公園にもなっていなかった恐山知らない人が多数でした。
また、海か綺麗でウニおり石割って食べたのも心に刻まれ、子供たちに薦めたときは元風景は残っていませんでした。
石灰岩の切り立った岩は昔通り風景です。当時は、全て路線バス旅したのです。旅ともの川原浄子さんもお祖母さんになっていることでしょう。
時の流れるのは早いものですね。走馬灯のような流れの中の一小間です。

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消えた帰国者乗せて海岸の砂浜に乗り上げた運搬船

2019.06.17 (月)

小笠原諸島の話
豪華客船 日本丸で小笠原の父島に行った時の話です。日本丸はレインボウブリッジを通過できず横浜のメリケン波止場に係留され浜でのったのです。
故人の健ちゃん、川島と大島に行ったときを思い出しながら乗船したのです。
バンドとカメラマン迎えられ乗り込みました。二時間位待たされ、銅鑼がなり、浜の風景を船室ベランダからボンヤリと望みながら光子と至福の時間に満たされました。朝目覚めると八丈島辺りだったと思います。日本丸は阿呆鳥の生息する南鳥島や黒潮に刻まれた絶海孤島を通過し、船内見学やno taxの買い物、ルーレット場所など見て回りリッチ気分を味わって妻と人生を乗り越えながら幸福感味わい朝食の時間前を過ごしました。
この船旅はエンターテイメント、ダンス、カジノ、カラオケなどあって楽しい時間を過ごせるのです。父島勝ちかずき艀に停められず小型船で波止場に往き来し乗船客降ろしたのです。私たちは一番に下船しタクシー会社に駆け込み、少し待ったってタクシーで島巡り手配したのです。1時間位で父島見所運転手さんのガイドで観て回り印象的なのは敗戦濃くなった日本で故郷が父島の人たちが艀を使えず強硬に引き揚げ船を湾の砂浜乗り上げ、故郷人もいたことでしょう。その運搬船の姿は歴史のヒトコマであったのです。ガム島からの爆撃に曝され凄惨であったのでしょう。その運搬船が70年の歳月の潮風に曝され消えてしまったぬニュース観てア~アと思ったのは私の感傷でしょうか。広島原爆ドーム保存大変さを感じたのです。
歴史の中で意図的に消されて行くのでしょう。戦後史を教えられないのもマッカーサーやトルーマン大統領の意図でしょう。真珠湾攻撃仕掛けたのもチャーチルです。チャーチルはワイン飲んで微笑だのです。

駿馬逃げ、時を経て数頭の馬と戻る

2019.06.16 (日)

私と妻は違うテーブルで食事を取ることしたのです。
たまたま、同じテーブルで食事を南極講座した先生が同席になったのです。話をしている内に
住まいを聞いた所宮代駅近くのマンションとのことでもう一組の御夫婦は、久喜市在住で隣町同士でビックリしたのです。帰りの航路も何度となく食事も御一緒させていただき、今も鷲宮神社の初詣の時に我が家の駐車場に止めて初詣しているのです。
世の中は捨てる神あらば、拾う神ありです。目の前の事だけ考えれば良いのです。南極ツアーは楽しい思いでなりました。
97ヶ国を回った方、同じグループ途中帰ホテルしたかたは冷たい目で観ていなっかったのです。
旅は、道ずれ世は情けです。捨てたものではありません。

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