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未来につなげる「絆」三陸路3日間の旅に参加しました。

2013.05.20 (月)

http://blog.with2.net/link.php?720512
埼玉の屋根工事店です。上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。

連絡先は
FD0120-58-9901  TEL 0480-58-0301

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  雨漏り奮闘記 埼玉の屋根やのおっさんから。

大宮駅東口を出発し、那須高原着く少し前から、雨模様が
みぞれになり、大粒の雪になり、高速道路は閉鎖されました。
雪のために、一般道に切り替わりました。

どの車も、閉鎖された東北道をしり目に、国道4号線に
かじを切り替えた途端、渋滞の渦に
巻き込まれてしまいました。

最初の目的地「陸前高田市」に着いたのは
2時間遅れのPM4時ごろになってしまいました。

途中、車窓から眺める風景は
瓦礫はかたずけられ、仮設の商店や
また、コンビニ・しまむらといった大手の対応が早く
多少の活気を取り戻しておりました。

しかし、「震災の語り部」新沼さんの話で、
いろいろ考えさせられることが沢山ありました。

地元のスーパーは7か所あっても
死者は1名も出していない。
たった道路を挟んで
市役所の職員は数人の死者を出したという。

当日、新沼さんは確定申告に訪れていた時震災に
遭遇し、高台の自宅に戻り助かったとのことです。

もう海岸線は津波による被害で、
跡形もなくなりました。

この「道の駅」のみ形がのこったそうです。

                                                                     
ファイル 984-1.jpg
立ち並ぶ仮設住宅

ファイル 984-2.jpg
遥かかなたに向きを調節する「奇跡の1本松」
でも、この工事に1.2億円かかり、上部の
松の部分は強化プラスチックで再現されて
居る為、紫外線、風雨、潮風などにさらされ
7年の耐用年数しかないそうです。

住民の意見で、税金の投入は避けろ!
ということで現在は寄付が1億円集まったそうですが
7年後はどうするんでしょうね。

おそらく立ち枯れの運命ではないのですか。

ファイル 984-3.jpg
被害にあった素晴らしい道の駅ですが、
壊すにもお金が2000万円くらいかかるのではないですか。

どうするんでしょう。

ファイル 984-4.jpg
復興の慰霊モニュメントです。
手を合わせてきました。
ファイル 984-5.jpg
ビル・橋梁・店舗などを解体した時に
発生した鋼材の山です。

すごい量ですね。

さいたまの屋根やのおっさん『ルーフ』
瓦は1400年の歴史があり、耐久性があって、メンテナンスが楽なのです。
3/11の東日本大震災でも復旧工事は早く、15か月くらいで
修復作業が完了したのです。
重いと思っている方もおると思うのです。
そうではないのです。建物のメンテナンスの問題なのです。
なぜ、歴史の中で消えなかったのか。
良いものは残る。ここなのです。

当社ホームページは
http://www.ogiya.co.jp/です。
クリックしましょう。
エコは安いよ。住宅のメンテナンスはエコですよ。
連絡先は埼玉県久喜市鷲宮中央1-19-10
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1.建物の基本は屋根と壁と出入り口があれば、住居です。
2.現在は基礎部分がなければ、固定資産の対象から外れます。
3.窓なくてもOKです。倉庫などは無窓住宅の時代も有ました。
4.たかが屋根や。されど屋根屋です。
故郷の 色は何色 来待色(石州の方ならこんな光景が頭に浮かぶことでしょう。
沖縄の方なら赤瓦でしょう。能登の方はカラスの濡れ羽色でしょう。
やっぱり、日本人なら瓦屋根でしょう。

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津波の恐ろしさを目の当たりにしました。

2013.05.13 (月)

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  雨漏り奮闘記 埼玉の屋根やのおっさんから。
この陸前高田でも、東日本大震災(地震)による被害は少なく
津波による被害が、大部分です。

童話の中にありました。
オオカミ少年と同じく、地震が来ても、
防潮堤があるから、津波はここまでくるまい、と
高をくくって、逃げ遅れ、尊い人命が失われたのです。

慣れの恐ろしさを実感いたしました。
昔から,高名の木登りは、低くなって
安全の位置に下がってから
「気をつけろ」と声をかけたのと同じですね。

だからこそ、市役所の職員に被害者が出て、
道路を挟んで営業していた「スーパー」の従業員に
一人も被害者が出なかったことを考えれば
理解できますね。

震災の語り部の新沼さんがぼそぼそと
体験談を話してくれたのが印象に残っています。

そして、電気はない、水道は出ない、もちろんガスは出ない
電話、携帯はつながらない、郵便局も機能不全
しかも、被害に逢わなかったので、
市からの援助はない、無々ずくしの中で
どうしたか、家の前に「食べ物がなくて、死にそう、たすけて」
と大きく書いて張り紙をしたら、見た人が
友人をつてに、食べ物を持ってきてくれました。

それは良かったのですが、多く集まりすぎて、
困っている友達に分けて与えたそうです。

食べ物だから、多くきすぎても困ったそうです。
そこで、また考えた、その時は誰彼となくでなく、
いろいろなものを持参してくれたので、
氏名を書いて、何月に何がほしいと要望を
大書きして玄関の張ったそうです。

そして、つつましく何もなくても命をつなげたそうです。
電機も、ガスも、水道も、まして、税金も来ない。
こんな生活もいいのかな。と思ったそうです。

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ファイル 985-1.jpg
津波で流された、破壊された橋梁

ファイル 985-2.jpg
道の駅「高田松原」の内部
陸前高田の70,000本の1本が突き刺さっています。

ファイル 985-3.jpg
同じく道の駅「高田松原」の津波によって
破壊された内部

ファイル 985-4.jpg
遠くの山のくびれた部分を
津波は乗り越えて、陸前高田を
襲ったそうです。

ファイル 985-5.jpg
震災の語り部「新沼さん」が震災前の写真を
広げて、訥々と語ってくれました。
いまは、松原はもちろん、商店街、市役所、
千昌夫さんの立てたホテルも破壊されたのです。

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さいたまの屋根やのおっさん『ルーフ』
瓦は1400年の歴史があり、耐久性があって、メンテナンスが楽なのです。
3/11の東日本大震災でも復旧工事は早く、15か月くらいで
修復作業が完了したのです。
重いと思っている方もおると思うのです。
そうではないのです。建物のメンテナンスの問題なのです。
なぜ、歴史の中で消えなかったのか。
良いものは残る。ここなのです。

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2.現在は基礎部分がなければ、固定資産の対象から外れます。
3.窓なくてもOKです。倉庫などは無窓住宅の時代も有ました。
4.たかが屋根や。されど屋根屋です。
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沖縄の方なら赤瓦でしょう。能登の方はカラスの濡れ羽色でしょう。
やっぱり、日本人なら瓦屋根でしょう。

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地震・雷・火事・親父がやっとわかりました。

2013.05.12 (日)

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  雨漏り奮闘記 埼玉の屋根やのおっさんから。

数千軒、いや、数万件の被害を出す
地震(津波)の恐ろしさを
いやというほど思い知らされました。

街は一瞬にして、ごみの山。
思い出が詰まった観光名所、
三陸鉄道の駅舎、トンネル、橋の橋梁
全部流してしまったのです。

そして、浄土ヶ浜のレストハウス
浜の白い砂まで、何もかも以前と変えてしまったのです。
6.5mの遡上高は人知の想像を超えるものです。

ホテルの3階近くまで波が押し寄せ
ビデオをまわしながら、逃げろ逃げろと
大声を上げる「たろう観光ホテリ社長さん」の顔は
ひきつって、血の気がうせ、
どうすることもできない悔恨の
心だけが、地獄の惨状を見つめていたのです。

                                                                     
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さいたまの屋根やのおっさん『ルーフ』
瓦は1400年の歴史があり、耐久性があって、メンテナンスが楽なのです。
3/11の東日本大震災でも復旧工事は早く、15か月くらいで
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1.建物の基本は屋根と壁と出入り口があれば、住居です。
2.現在は基礎部分がなければ、固定資産の対象から外れます。
3.窓なくてもOKです。倉庫などは無窓住宅の時代も有ました。
4.たかが屋根や。されど屋根屋です。

鉄壁の防潮堤も破壊され、人命が失われた。

2013.05.11 (土)

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人生の中で、必死にもがく750日は
長く、時計の針が止まったのか、早く動いたのか
解らない。

自分の家族を探す時間は短かすぎた。
沈黙の夜は長すぎた。
悪魔が襲い、津波の牙は
大きすぎた。

再建と戦う人々にとって、
疲れている暇もないほど短かすぎた。

どうしてこうまで、あの人と時間が違うのだろう。
時間は平等といわれているのに。

何もかもが不平等で、神を呪いたかった。
ご先祖さんに手を合わせてみても、
山の上の村社に行って神様と言っても
心の空白は埋めることができなかった。

この釜石も、昭和の津波を経て
鉄壁の防潮堤を作って、
震災の語り部の女性は
いつもいつも誇りに思って
観光客に声高にに説明していた。

津波の来た日も、バスの中で案内した。
所がです、鉄壁の防潮堤は
津波の襲来を遅らかせ、高さを10m減らして、
釜石の市内に流れ込んだ。

誰もが想像しなかった。
さすがに製鉄所の地面は2mかさ上げしてあった。
被害は軽微であった。

備えあれば憂いなし。
格言通りですね。

                                                                     
ファイル 987-1.jpg
何もなかったようにのどかな入り江があった。

ファイル 987-2.jpg
使われてない三陸鉄道の線路は錆びつき
雑草が生い茂っていた。
何時全線開通するのだろう。

ファイル 987-3.jpg
高炉を世界遺産に。釜石がんばれ。

ファイル 987-4.jpg
スーパーイオンが開業しておりました。

ファイル 987-5.jpg
釜石にようこその横断幕が駅前の製鉄所に掲げられていました。

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さいたまの屋根やのおっさん『ルーフ』
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1.建物の基本は屋根と壁と出入り口があれば、住

津波の襲来にすべてが呑み込まれた。

2013.05.09 (木)

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『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』
TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。
歴史の波にさらされたものは、嘘はつきません。粗悪なものは歴史の波に中で消えてゆきます。
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津波の恐ろしさを震災の語り部から聞かされた。

非難をする高台に登ってみた。
その時間たったの6分、津波が来るまでに
地震発生から40分以上あったのです。

明治・昭和の震災と津波の恐ろしさを語り継がれ、
海岸の岩肌に、その津波の高さまで
刻み込めれ、記念碑に津波のときの心得までも、
刻み込まれていたのです。

釜石の鉄壁の防潮堤、田老の万里の長城は
津波の襲来の時間と津波の高さを抑えることはできたが
人間の忘却の歴史は繰り返されたのです。

愚かな人の営みは、今度もまた、津波はここまでは
来るまいと人生の年輪を重ねた人ほど
安心していた。
結果、小学生は先生の言いつけを聞いて
小学校の校庭から、みな高台に避難した。
そして、全員助かったのです。

万里の長城と言われた、防潮堤が
津波の襲来を遮蔽してしまい
校庭からは見えなかった。

高さ18mの津波は
田老街の全てを飲み込んでしまった。

釜石の場合はどうだ。
津波襲来よりも、早めに高台に避難した人々に
NHKのニュースキャスターはインタビューした。

その一人に、年老いた母親がいないことに気ずき
駆け下りて、母親を探し、手を引いて登ろうとした。

津波の速度は早く、二人とも津波に飲み込まれてしまった。
NHKの馬鹿者どもが、ホットニュースを
我先につかもうと思って、
インタビューしなければ助かったものを。
この映像は、報道管制が敷かれ、
報道されることはなっかった。

プロ意識もここまで来ると、
馬鹿もんぞろいを露呈してしまったのです。

また、人間の欲が多くの人命を奪ったのです。
高台に着いて、通帳、印鑑、お金を
取りに引返したものは、
津波に飲み込まれてしまったのです。

お金も、印鑑も、通帳も生きていてこそ
役に立つものなのです。

あの世に行ってしまえば、
不要なのです。

私も利根川の決壊のとき
聞いたことがありました。
大水は見に行くものではない。

時間の許す限り飲み水を高いところに挙げよ。
飲み水さえあれば、救助が来るまで何とかなる。
水害は飲み水に困るものなのです。
その通り握り飯が、翌日、船頭が田舟を操って
大木町長が各家を回って、焼きおにぎり配ったのです。

たまたま、浴槽に2CM~5CM位のところで
浸水せず、浴槽に張った、その水を飲用水としたのです。

大水は台風時期にやってきます。
9月、10月はものの腐るときです。
まして、電気も付きません。
お米を焼いて食べるのです。
炭と七輪で焼くのです。

また、被災者には」煎り米」を配れと母は言ってったっけ。
煎り米は食中毒を防ぐからです。

大水が引いた後が大変でした。
牛馬死ぬ、糞尿の混じった汚泥は流れてくる。
草木も流れてくる、橋げたに引っかかている。

そして、疫痢、赤痢の伝染病がはやったのです。

浴槽に張った水を飲むのです。
こんな経験されたこと有ますか。

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ファイル 988-1.jpg
ひしめく仮設住宅

ファイル 988-2.jpg
釜石の津波にのまれた高速道路の付近の街並み

ファイル 988-3.jpg
私たちが6分かけて登った釜石の高台よりみる津波の引いた後


                           
ファイル 988-4.jpg
震災の津波の様子を撮影した震災時、震災後比較した
田老でいただいたパンフレットスキャナーで取り込みました。
拡大してご覧ください。
津波の恐ろしをご覧いただけます。

ファイル 988-5.jpg
桜の季節でしたので、村社の神社の桜が咲き誇っていました。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
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㈱オオギヤは塗装・内装・改装・解体・舗装工事もやってるよ。

連絡先は埼玉県久喜市・ラキスタの里、鷲宮です。
屋根屋が面白ブログ。
久喜市・杉戸町・白岡・蓮田・春日部・古河・幸手
羽生・加須のこともアップするよ。
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夢であってほしい光景がそこにあった。

2013.05.07 (火)

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『たかが瓦、されど瓦、世界遺産に使用されている資材だよ。』埼玉の瓦屋さん・雨漏り奮闘記
シルクロードに興味深い瓦が沢山ありました。
クロアチアでは、城壁の上から素晴らしい瓦屋根の街並みが
見渡せるように観光ルートが設定されていました。
瓦屋根を大切にしましょう。
TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

*****************************************************

国破れて山河あり。
しかし、自然の大地はもとのまま。
見渡せば、四季は必ずやってくる。

桜が咲き、小鳥がさえずり、
タンポポは白い綿毛をつけ
震災前とかわらずに空には
雲がゆったりと流れていた。

変わったのは人の営みと
形あるものの破壊でした。

昔から、形あるものは必ず壊れる。
形あるものは、再建できる。
しかし、人の命とうつろになった
時間は取り戻すことができない。

ある人は、唖然とし、うつろのまま時間が
過ぎて行った。
またある人は、家族を失い
悔悟の涙で過ごした。

そして、生活は破壊され、
自分の無力を想い知らされた。
神がなした業なのだろうか。

そんな中でも、朝日が一塁の
希望を抱かせ、明日に幸せを
求めて皆がんばっているのです。

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ファイル 986-1.jpg
奇跡の一本松
現在はやぐらを組んで向きを補正中。
1億2千万円かかるそうです。

ファイル 986-2.jpg
海岸に近いところにあった中学校
3階部分まで、津波が押し寄せました。

ファイル 986-3.jpg
駅通りの商店街です。
すべた破壊され、今は撤去され、
道路のみが残りました。

                           
ファイル 986-4.jpg
商店街のお米屋さんだっと思います。
3階近くまで津波にあったそうです。

ファイル 986-5.jpg
再建されたホテルから港に
投影された夕日。
夕日は震災前と変わらずに
海を照らしてました。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
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日本の風土に合った瓦が健康にもよいこと知ってますか。
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FD 0120-58-9901 
住まいの基本は屋根にあり。屋根は文化だ。芸術だ。
屋根材と外観の材料選びで『素敵』が違う。

 

自然の偉大さを感じました。

2013.05.06 (月)

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自然の力の前に、人間はなすすべもなく悲嘆にくれ、
涙を流し、復興への足取りも、重く、
20年の歳月を必要とするだろう。

日本が大東亜戦争から、立ち直り
世界の仲間入りを果たし
戦後を口にするようになったのは
確かオリンピックを境にしていたと思います。

昭和20年から昭和39年の19年かかったのです。
明治にしても、安政の大獄から西南戦争を経るまで、
1958年から1968年の20年を必要としたのです。

しかし、春は訪れ、桜は幼稚園の校庭に咲き誇っていました。
三陸海岸の北山﨑の海岸の景観は震災前と変わらなかった。

しかし、心の傷は、津波を体験した人々から
解放されることはないでしょう。

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ファイル 990-1.jpg
橋梁の残った橋げた。

ファイル 990-2.jpg
春は忘れじと桜は咲き誇っておりました。

ファイル 990-3.jpg
田野畑村の観光マップ

                           
ファイル 990-4.jpg
北山崎の景観

ファイル 990-5.jpg
長年の太平洋の荒波が作り出した美しい海岸線

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