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東武線謎の怪死事件続く三鷹列車暴発・小松川事件・朝鮮戦争

2021.03.14 (日)

 下山事件事件など戦後4年、世相があれて、何処にもぶつけられない嫌な事件が多かったのです。

 子供のせいかうわつっらは理解できても詳しは解りません。
 それでも、太陽は昇り、雨が降ったのです。
 昭和26年2月22CMの積雪、太平洋側では大雪で木柱電信柱が20本近く倒れ、復旧も遅れ、寒い日を過ごし、ランプ生活でした。私にとっては1ヶ月位復旧に懸かった記憶です。長くつの無い時代です。
 来る日も来る日もランプの火や(ほや)掃除をした記憶残っています。9歳だったんです。瓦干し場の雪は3輪車で江川の捨てた記憶です。

 10歳の時に、前述した洞爺丸海難事故、鉄腕アトム誕生です。好いこと、悪いこと良く重なりました。
 遅れる事、昭和50年北朝鮮と南は大韓民国(金日成:李承晩)
それで共産主義者の怪事件が多発したのですね。

 町中は美空ひばりの歌声で明るさを増したのですが、闇市が多く、スリ・かっぱらいは日常茶飯事、10円で女性のあそこマッチが消えるまで見えた話も聞こえてきました。

 韓国は北朝鮮の攻撃で首都ソウルソウル陥落、マッカサーが一時原爆使用を考えたのです。とこらが時の米大統領トルーマンがマッカサーを解任、有名な言葉に「老兵は去るのみ」。
 毛沢東も北京に引っ込んで大3次世界大戦は沫に帰して良かったのです。
 小学校の登校時にB29の編隊が南に飛行するのをよく見かけました。実家の渡辺ミシン工場も大量のボタンを縫製していたのを覚えています。

 母やすは鼻の穴真っ黒にして、5人を食べさせてくれたのです。
 啄木のように「働けど、働けど、楽にならざる。」でした。