Calendar

<< 2016/6  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

記事一覧

アルル。ゴッホが愛し、200艇以上の作品を残した美しい街。

2016.06.25 (土)

右側上の扇谷フォトアルバム「国内旅行」「海外旅行」もご覧ください。
素敵な写真が沢山ありますよ。

イギリスの離脱から1夜明けた今日、早くも、EU結束を立て直そうとドイツのメルケル首相とフランスのオランド大統領が声明を出したのです。

三下り半です。それも、至急せよとの通告です。
ロシアのプーチンも漁夫の利を得たような世論を否定する論調です。

イギリスの離脱は、ロシア経済に、原油安に追い打ちをかけ、ルーブルの下落をもたらし、キャメロン首相の判断は甘かった。
世界を揺るがすEU離脱を国民投票で判断すること自体を批判したのです。

アメリカは、イギリスは離脱をしても、最大の同盟国であり続けるとオバマさんの論調でした。

これからが世界経済、日本経済への影響がどうなるか、株安、円高、1000社の企業が英国に存在し対応が急がれるのです。

一つ間違えば、リーマンショックのように、深い経済の低迷期に入ってしまうのです。

阿部政権も参議院選の戦いには有利に運べるかもしれませんが、長い経済の低迷期に入ってしまえば、アベノミクスは、なんだったんだになってしまうのです。
怖いことです。

ファイル 1567-1.jpg
ゴッホが精神的にゴーキャンと言い争いをし、ゴーギャンはパリに行ってしまい、自ら耳をそぐ奇行を行い、入院したカトリックの病院の入り口です。

ファイル 1567-2.jpg
病院の前で光子トツーショット

ファイル 1567-3.jpg
アルルの風車。今は観光用で、風車は跳ねの帆がなく、固定されて、観光用として保存されております。
ヨーロッパは、オランダ・ポルトガル・スペイン・このアルル・ポツダムにも風車あるのです。

駆動させているのはオランダだけです。

ファイル 1567-4.jpg
ゴッホの代表的なアルルの跳ね橋の舞台です。
ボートに乗った釣り人が終日のたりのたりかなでノンビリシタ風景が今でもありました。

ファイル 1567-5.jpg
ゴッホのアルルの跳ね橋のタイル画です。

&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&

ゴッホは心に病を持ち、パリ近郊から、温かい陽光のアルル行きを決めたのです。
画友の中で、ただ一人ゴーギャンのみが応じアルルに行ったのです。

当時の画風が写真のような写実主義のゴーギャンと日本の浮世絵にあこがれたいたゴッホの間で口論になりゴーギャンはパリに行ってしまうのです。

ゴッホは当時ジャポニズムにあこがれ、日本行きまで夢見るのですがかなわず、生涯たった1枚の絵のみしか売れなかったのです。

弟のみがゴッホの絵を理解し、スポンサーになったのですが生活は苦しく大変だったのです。

ゴーギャンが去り精神異常が高まり、ゴッホは自ら耳を切り落とし、親しくしていた娼婦ラシェルにその耳を届け、カトリックの精神病院に入院したのです。

そして翌年、失意の中にパリに戻り、アパートで拳銃で自らの命に終わりにしたのです。

1889年7月27日37歳でした。
父・母・兄弟にさえも彼の才能は認めらず、弟のみが兄の画才を信じ支えたのですが、彼もまた、半年後に倒れたのです。

いまでは、世界一高価な絵としてオランダのゴッホ美術館収蔵されているのです。

当時は精神病院の先生に・郵便配達夫に、世話になった近所のおばさんい寄贈したのですが、鶏小屋の間仕切りされるなど無造作に扱われいたのです。

印象派はスーラの開いた点描画から始まりドガ・セザンヌ・モネ・ゴッホ産んだのです。
しかし、宮廷画家たちは写真のような写実主義にふけったのです。

そして、印象派は、ピカソで完成されるのです。

&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&&