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今年私たちは結婚41年です。遠い追憶の扉があきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』

2010.06.30 (水)

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今年私たちは結婚41年です。遠い追憶の扉があきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』

今から40年前、大阪で万博が開催され、生まれて2歳に満たない長男芳光を母幸子さんにあつけて、
工場のシャットダウンを利用していった記憶をたどっています。

確かあったはずなのですが、岡本太郎の太陽の塔なども撮影したと思っていたのですが、フイルムが見つからず、
スライドのしたポジしかありませんでした。

そこで、初めて今の携帯電話の原型、移動電話を使用して
電話をした時は、不思議でなりませんでした。

明治の人々が初めて電話を見たときの心境でした。

また、今普及しようとしている3Dスクリーンもこの万博で初めて体験したものでした。

今振り返ってみると、いろいろな先端技術が実る為には
40年の歳月が必要なことを、しみじみ思いだしています。

そして、アメリカ館に月の石が展示してあった。そんな追憶が窓をこじ開けました。

もう、数年前だと思いますが、つくば万博の時に
自分に出した手紙のこともよみがえってきました。

月日の流れは速いものだとつくづく考えさせられました。

ファイル 530-1.jpg
1970年3/14~9/19の6ヶ月間で6421万8770人の入場者を記録した、アジア最大の万国博。
奇抜な建物群が多く、毎日が驚きの1日でした。

ファイル 530-2.jpg
アフリカ諸国の国のバビリオンと思いました。

ファイル 530-3.jpg
おなじみの暁の寺院のタイのバビリオン。
この時、初めてコンパニオンという言葉を聞き、新鮮に思いました。
今のコンパニオンとは容姿も教養も段ちの格差があります。

                           
ファイル 530-4.jpg
このスライドから1970年代は日本でも、自転車の時代だったことがよくわかります。

ファイル 530-5.jpg
真夏の暑さから逃れて、噴水のほとりで涼をとる見学者たち。

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撮影禁止の薬師如来をバッチリ撮影。『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

2010.06.16 (水)

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 撮影禁止の薬師如来をバッチリ撮影。『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

今回念願かなって薬師如来を建物の外部から美しく撮影でき、
喜んでいます。
今回の遷都1300年債の一番の収穫です。

それは、私は自分の葬儀に際して自分で演出しようと、強いこだわりを持っています。

私のの人生を太陽が昇り、鶴に乗って、天空高い、仏さまのお傍に赴き、太陽が沈み、人生の終焉を迎えるストーリーをB0の写真で飾り、デザインしたいと願っております。
どうしても、仏さまの素晴らしい写真が欲しかったのです。

やっと手に入り安心してます。
仏さまはほとんどの所が撮影禁止か又は薄暗く、撮影不能なところが多いのです。

撮影可能なところは小乗仏教が多く、仏さまがほっそりしていて
日本人のイメージに一致しないのです。

やっと撮影できてホッとしています。
説明致しますと、日の出の写真をわが身の誕生とし、 鶴の飛翔の写真を人生を楽しみ謳歌していると表現しました。
また、鶴の背中に乗って、天空高くこれがエベレストの朝焼けの写真になるのです。
そして、薬師如来のお傍に招かれ、これが薬師如来を撮影した
いわれなのです。
最後に、人生燃え尽きる、アフリカの大地を真っ赤に染める、
夕陽で表現しょうと思っております。

アフリカの大地を真っ赤に焼きつくすような写真はケニアで撮影してきました。

そして、人生の完結です。
そして、今それが完成いたしました。

そして自分が永眠するお墓も、瓦で施工し、周りの囲いも
瓦の笠木で施工し、妻も満足しております。

                                            
ファイル 506-1.jpg
ギリシャパルテノン神殿の柱に似て中央が膨らみ、シルクロードを経由して文化の終着点がこの青丹好しの奈良の都で花開きました。

それをはっきり現わしておる西廻廊。連子格子の青と柱の朱が程良く調和しておりますね。これが青丹好しです。

ファイル 506-2.jpg
大講堂前に遷都1300年を記念してイベントが開催されます。
開演を待つばかりに整然と椅子が並べられておりました。

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金堂外部より撮影した国宝薬師如来像です。薬師如来は別名医王如来と呼ばれ、私たちの心と体の病気の平癒を願っているご本尊です。


                           
ファイル 506-4.jpg
中央にしめ縄が有ります。古い時代は、仏教と神道の区別があまりなく、僧侶が神官を務め、その逆もあったそうです。
そんな文化が日本なのです。

日本人は初詣は神社に、お宮参りは神社、死後は仏さまになる
多神教文化なのです。

どんなものにも神が宿り、自然発生的な宗教です。
金堂の屋根の連なりも美しいですね。
絶賛。絶賛・・・・・・。

ファイル 506-5.jpg

故平山画伯の玄奘三蔵のシルクロード(大唐西域)の壁画が描かれている玄奘塔です。

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薬師寺散歩 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。 

2010.06.15 (火)

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薬師寺散歩 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。

薬師寺は私たち60代の人々にとって、何とも言えぬ安らぎがあります。
長い歴史の中で刻んだ堂塔伽藍に加え、高田後胤と言う高僧が存在し、我々も彼と共に修学旅行を楽しませていただいた記憶があるからでしょう。

そして、同じ時間の中で歴史の一ページを歩んだからかもしれません。

そして、彼はこの薬師寺の伽藍復興に尽力した点で偉大だった。

我々は60年安保、沖縄返還、遠くはかすかな記憶の中に
サンフランシスコ(ミズリュー号)の平和条約締結、現天皇と美智子さまのご結婚、そんな歴史を歩んだのです。

薬師寺は何度拝観しても飽きることのない
伽藍群です。
素晴らしいの一語です。
 
                                            
ファイル 505-1.jpg
伽藍の外部より撮影。薬師如来像。
神々しい輝きをもって迎えてくれました。

ファイル 505-2.jpg
薬師寺中門より金堂を望む。
西岡常一さんの建立です。
高田後胤さんとの2人3脚の結果です。

ファイル 505-3.jpg
東塔水煙です。
天女が舞い、水煙の上部に蓮のつぼみが2個見られます。
天女はよく見ないと見えません。探して下さい。


                           
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東塔前の灯篭の天女です。

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人影のなくなった美しい東塔を撮影

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薬師寺の高田後胤師の影響は今も息づいています。 『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

2010.06.14 (月)

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薬師寺の高田後胤師の影響は今も息づいています。 『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

高田後胤師の影響は、私たちが50年前へ修学旅行で訪れた
薬師寺で若い人気者の話のうまいお坊さんがいました。
その彼の影響です。

彼の講和が終り、師はみんなの人気の的で、気さくで写真撮影に気楽に応じてくれました。
その彼が偉大な師になられ、西塔の建立に10億の資金提供者を断り、写経による大勢の淨財による勧進で金堂その他の伽藍建立も実現させ、また、今度は東塔の大修理も可能にしたと言います。

家内も私の病気平癒の祈願に写経をと求めました。
薬師如来のお力におすがりして、長生きできればこんな良いことはありません。

何10万人の写経を可能にしたのは、高田後胤の話術の巧みさからです。

もちろん、彼のひたむきな心が第一ですが、
参拝者を説得できなければ、そこに置いておくだけでは、
何10億円の浄財は集まりません。

師の偉大さは、心と話術と経営感覚を弟子たちに
りっぱに継承したことです。

話術のうまさは一人二人でなく、薬師寺の僧たち全員に
継承し、故人になっても息づいていることです。

その僧たちも、高僧になればなるほど、素晴らしい話術力を持って
多数の観光客に写経の勧進をしており、我々も引きずられました。

薬師寺の僧たちは一人ひとりが素晴らしい経営者に
なると思います。

アメリカの経済学者「ピーター・F・ドラッカー』も顔負けですね。

                                            
ファイル 504-1.jpg
今年の10月より10年間の歳月をかけ、平成の大修理に入ります。
覆いがかぶされ、拝観不能になります。
理由は、四方の柱の基部が2mくらいまで、シロアリ・腐朽菌で空洞になっていることが、スコープで発見されたそうです。
遷都1300年祭のすごさと、観光客の多さにびっくりいたしました。

ファイル 504-2.jpg
高田後胤師の写経の勧進の甲斐あって玄奘塔及び大唐西域壁画の
完成を帰して訪れたとき撮影した東塔です。
観光客が少なかったので、よく見ることができました。
今年とは観光客の姿が雲泥に違います。

ファイル 504-3.jpg
13年前撮影の西の塔

                           
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遷都1300年の今回撮影した西の塔です。
13年の歳月を感じさせませんね。

ファイル 504-5.jpg
今回撮影の金堂です。
文化勲章を受章した棟梁・西岡常一さんが所管の文部省と
技術的なことで激論の末、文部省の考えを取り入れ、
納得のいかなかった金堂です。

棟梁・西岡さんにとっては不満の作品だったかも。

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国宝『阿修羅』像が見たい。30分待ち 『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

2010.06.13 (日)

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 国宝『阿修羅』像が見たい。30分待ち 『太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。』 

阿修羅像。もちろん撮影禁止です。
上手く撮影したでしょう。

阿修羅像は、乾漆八部衆立像の一つで、ほかにも6体が完全な形で残っています。

社会科の教科書に出てくる、灯篭を肩に担いだあの立像もありました。

とりあえず、集合の時間がないので、その乾漆立像の7体しか見ることができませんでした。

これがツアーのつらいところです。
でも、この阿修羅像を含む7体立像が大迫力で迫ってきました。
何とも言えない実感です。

素晴らしいの一語です。
 
                                            
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阿修羅像の正面の顔面です。

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阿修羅像の側面の顔面です。

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阿修羅像の怒り表情の顔面です。

                           
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阿修羅像の思考表情の顔面です
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阿修羅像の全体像です。
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興福寺の創建の祖、藤原の鎌足は武蔵野武士集団の『深谷 上杉氏である』みなさんも血縁かもしれません。 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。 

2010.06.13 (日)

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興福寺の創建の祖、藤原の鎌足は武蔵野武士集団の『深谷 上杉氏である』みなさんも血縁かもしれません。 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。 

明治維新と並んで社会科の教科書に出てくる『大化の改新』の実行者、『中臣 鎌足』は渡来人蘇我馬子、蝦夷を倒し、天皇う中心の政治に新めることに成功した。

その功績によって、広大な大和の地を拝領した。
そして、二つとない広大な土地の領袖として.不二原の名字を
天皇家より使用することを、許可されたのです。

そして、不二原から藤原に改名したのです。
しかも、この藤原は一代限りの名字として下賜されたものです。

そのため、息子たちは中臣の性のままでした。
しかし、冬嗣も大宝律令で頭角を現し、
藤原の性と領地を相続されたのです。

以後藤原氏は栄へ、全国に.勢力を伸ばし、鎌倉幕府・室町幕府でさへ、大和の地に、土地を管理する『泣く子も黙る地頭職を置くことができなかったのです。

戦国時代になって、織田・豊臣に平定されるまで、大勢の僧兵を擁して武力で権益を守ってきたのです。

そんな藤原氏の一派が各地に散って上杉氏になったのです。
そのひとつが今でも脈々と続く藤原氏の一族の正統派が熊谷に
お住まいになっている『上杉 正』さんです。

通称『千代=せんだい』の上杉一家です。
『上杉 正』さんは高齢になられ、深谷上杉氏の嫡流です。
深谷市が編纂した『深谷市史』にも登場しております。

家内のお爺さんの米作は上杉からお婿さんに富田に来て、母『幸子』を儲けました。

母幸子の娘、『光子』が私の妻なのです。
遠縁の祖が藤原の鎌足なのです。

驚くでしょう。1300年の歴史ある、由緒正しき家柄の娘なのです。
うちの光子は。

 
                                            
ファイル 502-1.jpg
奈良と言えば若草山、若草山と言えば鹿ですね。

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興福寺の五重塔
一時は明治政府の政策によって、困窮し売りに出されたと説明されました。

国宝の価値が解らないなんて、困ったものですね。
明治政府は富国強兵策の為に『お城の解体』『朱鷺』『鶴』『コウノトリ』の捕獲に無関心で、絶滅の危機に追いやったこと
知ってますか。
 
明治政府と言うと明治維新で好い政治をしたと思っておりませんか?。
悪政もしたんですよ。

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興福寺の瓦の美しさに魅了されました。
パチリと撮影。


                           
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屋根と屋根が織りなす建築の真髄です。

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社会科の教科書に出てくる、おなじみの『阿修羅像』

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『キトラ古墳の四神を見てきました。』 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。 

2010.06.12 (土)

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『キトラ古墳の四神を見てきました。』 太陽光発電の補助金をGETしてエコ・ライフをしよう。

キトラ古墳は奈良県明日香村にあり高松か古墳と並んで壁画が発見された。

キトラの名称は北浦がなまったものだそうです。
被葬者は不明だが通説では、阿部御主人と言われている。
理由はその一帯が阿部山と言われるからだそうです。

墳墓の四神は北壁に玄武(子)東壁に青竜(寅)西壁に白虎(戌)南壁に朱雀(午)が描かれている。

しかし、東壁の青竜はは判別不能の状態だ。

エジプトで王家の墓の壁画を見た感動に比べると、
いまいちでした。

それは、日本は水に豊富な国である。
そのため、どこでも井戸を掘ることができるのです。

だから地下に潜ると、どこの洞窟も『ヒヤり』とするものです。
しかし、エジプトの地下は、つまり墳墓の中は乾燥していて、
焦熱地獄です。
はじめて、王家の谷の墳墓に入った時は、暑くて驚きました。

また、壁画の美しさは、10年か20年ぐらいの歳月しか経過してないような美しさにびっくりいたしました。

あの有名なターンカーメンの墳墓も同じでした。
日本の墳墓は湿気と土に含まれる酸化鉄によって、壁画が不鮮明になっております。

でもすごいですね。1000年の時を経って我々の眼前に現れるのですから。
                                             
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南壁の朱雀

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西壁の白虎

ファイル 501-3.jpg
北壁の蛇と絡み合う玄武

                           
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エジプトの王家の谷で見たツタンカーメンの墳墓の壁画
2500年以上前に描かれたものです。
本当に素晴らしいです。
一度は行きたいところです。
このような墳墓が60以上有ります。
実は、この壁画よりスゴイ方が多いのです。
理由はツタンカーメン王は幼少で亡くなられたから、墳墓は急に
造ったもので規模が小さいのです。

ただ、墳墓が荒らされずにすごい財宝が発見されたので、
世界的に有名です。

10年前に造られたものですと言っても、信じられるくらい美しいです。

ファイル 501-5.jpg
ツタンカーメンの墳墓の壁画、
この壁画が、四方に描かれており、見る者を魅了致します。
この写真は、エジプトで販売されていた、考古学の学者の為の発見当時撮影されたものです。

撮影者はフランス人『ARALDO DE LUCA]

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