Calendar

<< 2018/7  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

記事一覧

これで心の中がすっきり致しました。「来てよかった」『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ

2010.09.06 (月)

http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
これで心の中がすっきり致しました。「来てよかった」『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

今回の義父の慰霊に旅に来てよかったとしみじみ思いました。
現地でないとわからないことが沢山ありました。

戦争がどんなにか悲惨なものかも、現地の話を聞き、美しい海、
美しい花、のんびりした田園風景もまた、あちこちに展示されている戦車、野砲、そして艦砲射撃によってできた貯め池、木々にざわめき、愛の鎖と言う花、すべてが新鮮で、全てが悲劇の主役だったんだと感じました。

ダモルテスの駅舎、バターンの死の行軍、神風特攻隊の基地
充実していた慰霊に旅でした。

さようなら。今の幸せを光子とかみしめています。
ご安心ください。
さようなら。

ファイル 605-1.jpg
アゴー市の小学校の敷地内に合った米軍野砲
光子のスナップ

ファイル 605-2.jpg
地元の若者とフイリッピンの勇士の像と米軍野砲

ファイル 605-3.jpg
市場で気さくなおばさんがポーズをとってくれました。

                           
ファイル 605-4.jpg
始めてみるバナナの花

ファイル 605-5.jpg
美しい花にシャッターを切りました。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901 

盟兵団の英霊たち安らかに永眠下さい。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

2010.09.05 (日)

http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
盟兵団の英霊たち安らかに永眠下さい。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

ファイル 604-1.jpg
最初~最後まで良く戦った盟兵団の偉業と世界平和を願ってアゴー市庁舎内に建てられた、盟兵団の11,445柱の英霊の遺骨とアゴー市当局に感謝してのフイリッピン政府と日本国の共同の記念碑

ファイル 604-2.jpg
水牛の遊ぶこの川も、昭和20年1月7日.8日の艦砲射撃で
日本兵の遺体と血で川が真っ赤に染まったと言います。

もちろん、その後の戦いでも死体が累々と続いたのでしょう。
退却をし、部隊を再編し、向の山にたてこもって、応戦し、死闘を繰り広げたのです。

ファイル 604-3.jpg
愛の鎖と言うピンクの花は、必ず死体の有った場所に花をつけるのだと言われております。

可憐な花ですがどこかさびしい花なのです。

                           
ファイル 604-4.jpg
最後のお別れにと、心をこめて合掌する光子。
小高い山の山頂に第4大重砲隊の高射法がありました。
いまは、艦砲射撃で穴があき、水がたまって池と化しておりました。

ファイル 604-5.jpg
サンフエルナンドの岬より少し下がった市庁舎の敷地内に、保存されている日本軍の兵士たちが、手彫りで掘って、自給自戦で戦った防空壕的穴です。

入口は狭いのですが、奥に行くと背が建つ広さで、穴は横に折れ、または下に下降し、火炎放射機で焼き殺されないような構造になっていました。

場所によっては、いくつかの穴がつながり、伝令が連絡できるようにもなっているそうです。

また、司令官の穴は広く、兵士たちに指令が出せるようになっているとか秀子さんが言っていました。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901

この平穏な田園地帯が激戦地なのです。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

2010.09.04 (土)

 http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
この平穏な田園地帯が激戦地なのです。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

義父の無くなった現地に来て観て、一見平和な田園地帯でした。
そこで繰り広げられた、死闘はいかばかりだったか。

そこの生い茂る、木々に英霊たちのさまよえる魂が慟哭の叫びをあげてるようにも、木々のすれあう音が何かしらむなしく聞こえました。

生きて再びこの地を踏んだものも、友の英霊に対して、頭を垂れ、
自らが生きている喜びを、英霊とかみしめたことでしょう。

空が真っ赤になるような艦砲射撃に雨に、なすすべもなく、逃げまどうばかりだったのかもしれません。

田畑は血に染まり、木々は兵士の死体の一部が散乱し、混乱のるつぼと化しながら、部隊長は前線の再編に奔走したことでしょう。

そして、ズタズタになった兵士たちを奮起させ、ばらばらになった部隊を再編し、攻撃の態勢を取るのがやっとだったことでしょう。

第4重砲大隊も残り一門を川を挟んで、のこぎり山と言われる山の対面の山に残った兵員で設営し、戦ったことでしょう。

そして、最後の砲弾がつき、陸軍と海軍の混成部隊の歩兵部隊に合流して、制空権の無さに、機銃掃射で義父宗春は亡くなったことと思っています。

もし、この地に母幸子と共に来ていたら、母はどんな気持ちで、秀子さんの話、また、地元民の説明を聞いたことか想像をしている所です。

国の為に無くなった英霊たち、心安らかにお眠り下さい。日本は今素晴らしい国になって、65年の平和を享受しております。
そして、これからも世界の平和に寄与致します。

ファイル 603-1.jpg
樹木の間より垣間見る平和な田園地帯でした。
当時は激戦の地で、このあたり一帯が血に染まり、死体が累々と広がったことでしょう。

ファイル 603-2.jpg
道路を挟んで、うっそうと茂るジャングルです。
マラリヤ,死臭でそれはそれは地獄絵でした事でしょう。
場所によっては、艦砲射撃に合って、肉の塊と化した死体が散乱したことでしょう。
日本の高射砲は砲弾が1kmの飛距離で、米軍の艦砲射撃は10kmあったと言われております。

ファイル 603-3.jpg
この坂道を、飛距離を伸ばす為に60トンの高射砲を150人の兵隊で引きずりあげたのです。
そして、高台に設営したのです。

                           
ファイル 603-4.jpg
1/7・1/8のリンガエン湾の艦砲射撃で、高射砲は破壊され、隣接していた弾薬庫が誘爆して、砲台ごと吹き飛び、池が出来てしまいました。
操作していた第4重砲大隊の多くも犠牲者が出たことでしょう。

ファイル 603-5.jpg
元高射砲があったところがえぐり取られ、今は池になっていました。
遠方の山の向こう側に、日本の司令部、山下奉文大将のいるバギオです。
手前の山の中腹は、日本軍が防戦の為に掘った穴が、無数にあいているそうです。
そこで、最後は『自給・自戦」の戦いを強いられ、火炎放射機で焼き殺されたのです。
それはそれは、地獄の何物でもなかったでしょう。

この平和な田園に繰り広げられた事実です。
目を覆うわけにはいきません。
それが戦争の悲惨さです。

もし、あなたがそこにいたらどうします。
木々の枝に、人間の肉片がぶら下がり、あるいは腕をもぎ取られた兵士が苦しんでいたらどうします。

そんなことを思い浮かべた一日にでした。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901 

なぜだか分りません。涙がこみ上げ、義父の霊が甦ったのでしょうか?『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ

2010.09.03 (金)

 http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
なぜだか分りません。涙がこみ上げ、義父の霊が甦ったのでしょうか?『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

英霊って何だろう。戦死した場所に行って、今の幸せを報告したとたんに何だか涙がとまらなくって・・・・。

でも、心のしこりが吹っ切れて良かったです。
きっと宗春の霊も喜んでいることでしょう。

このタングラッグで、毎日が地獄であったと思います。
体の弱かった宗治は、水と食べ物と、艦砲射撃の炸裂の音で
気が狂わんばかりだったと思います。

安らかにお休み下さい。
義父宗春殿

ファイル 602-1.jpg
義父宗治の戦死したタングラッグのやってきました。
母幸子の位牌と写真・焼香・お盆様の真菰製の牛と馬も持参しました。
用意して頂いた、菊の花を手向けて、霊のの鎮魂を願いました。

ファイル 602-2.jpg
宗春の霊がとりついたのか解りませんが、涙があふれて仕方ありませんでした。
これで宗春の霊も天国に行って安らかに鎮魂したことでしょう。

ファイル 602-3.jpg
光子が泣きながら今の幸せを父宗春に報告しました。

                           
ファイル 602-4.jpg
母幸子の写真と千鳥ヶ淵の桜見物の様子を宗春に報告しました。

ファイル 602-5.jpg
二人で今の幸せを報告しました。
光子の一粒種より、子供3人、孫5人になった事を報告しました。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901

豪商ルソン助左衛門の活躍した「アゴー」にやってきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ

2010.09.01 (水)

豪商ルソン助左衛門の活躍した「アゴー」にやってきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

アゴーの街が活気があって、マクドナルドに類似したお店があって
活況を呈していました。

コーラーなどの飲み物が20ペソで日本円にして40円でした。
庶民的な価格が受けているようです。

アゴーはその昔、今から450年ぐらい前、ルソン助左衛門と言う、豪商がアゴーにある真鍮の壺を持ち帰り、千利休に依頼して、雑器を高価な茶壷に仕立て上げ、その事によって、千利休の見立てで、雑器が高価な茶壷に変わったのです。この事で、大名たちがこぞって所望したのでした。
それによって、ルソン助左衛門は巨万の富を得たのでした。

それを見た、時の権力者、秀吉は撃怒して、また別件で、利休の建てた寺には、利休の木造が山門の上に掲げられているのに、秀吉といえど、利休の股の下をくぐる屈辱に耐えられず、切腹を命じたのでした。

この2件によって、ルソン助左衛門も、日本から国外追放になり、彼はベトナムに行ってまた、財をなしたのです。

アゴーは日本にとってなじみ深い町なのです。

ファイル 601-1.jpg
木造作りの教会ではフイリッピン一古い教会だそうですが、火災に合って再建したので世界遺産にならないそうです。

ファイル 601-2.jpg
向の市庁舎の一角にある日本陸軍の野砲

ファイル 601-3.jpg
昭和18年大阪陸軍造兵廠の刻印のある野砲                                    
ファイル 601-4.jpg
戦争と平和の象徴教会の取り合わせです。

ファイル 601-5.jpg
アゴーの喧騒さと屋台の市場風景
サイドカーのタクシーが沢山あります。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901 

戦友の多くが、捕虜収容所に運ばれるダモルテスの駅の廃屋にやってきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

2010.09.01 (水)

http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
戦友の多くが、捕虜収容所に運ばれるダモルテスの駅の廃屋にやってきました。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

車が突然止まり目の前に瀟洒な廃屋が目に入いっててきた。
秀子さんの説明だと「ダモルテス」の駅舎跡だという。

日本軍がかっているときは、兵員の輸送、軍事物資の輸送で大切な役割を果たしたと言います。

そしてこれから先は、トラック輸送、または徒歩による行軍でした。

この辺り一帯はマラリアも発生していたそうです。
日本軍は、マラリアと水に悩まされたことと思います。

日本軍は,雨水か川の水を超して飲むしか方法がありません。

海外旅行でミネラルウオーターしか飲んだ事のないあなたなら
想像がつくと思います。

38万人もの水と食料、調達が難しい事はすぐお分かりだと思います。

そして、リンガエン湾に米軍が現れ、負け戦になり、捕虜として輸送される身になった生存者の思い出はいかほどだったでしょう。

そして、義父も、今我々が座っている椅子にひと時の安らぎを求めたかもしれません。

そんな思いで、この建物を払い下げて貰ったおじさんに聞きました。

この草むらに線路があって、この空間が待合室で・・・・・。
65年の時間が身近に感じられました。

生存者たちが、慰霊に訪れると必ず止まり、語らいあう場所だそうです。

はるかな時空を超えて、あの時の思い出が迫ってくるのでしょう。

そんなノスタルジア(?)を感じさせる素敵な駅舎跡でした。

ファイル 600-1.jpg
かって兵員と軍事物資を運び、末期には日本兵を捕虜としてマニラに運んで北ルソンの最北の駅「ダモルテス」の駅舎

ファイル 600-2.jpg
なかなか瀟洒な作りですね。
スペイン人が北ルソンの開発の為に作ったのでしょう。

ファイル 600-3.jpg
レールは撤去され、今は草木で覆われているダモルテス駅舎

                           
ファイル 600-4.jpg
戦争当時から使用されているベンチ。
義父の宗治も座ったかもしれない感がいで所有者のおじさんの話を聞く、秀子さんと光子

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901 TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

今も戦争の傷跡が残っています。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

2010.08.31 (火)

 http://blog.with2.net/link.php?720512

上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
今も戦争の傷跡が残っています。『久喜の瓦屋さん雨漏り奮闘記』太陽光発電(ソーラー)もやってるよ。

ファイル 599-1.jpg
大戦時の米軍の戦車です。
前・側板が35mmもある厚い鋼板で覆われていました。

ファイル 599-2.jpg
平和を願う第二次世界大戦を記した記念碑です。
視聴者の一角ありました。

ファイル 599-3.jpg
戦争を知らない平和に暮らす地元民です。
一日の食を得られれば平和なのです。
ゆっくりと時間が過ぎてゆきます。

                           
ファイル 599-4.jpg
北ルソンの戦いに敗れ、投降する総大将の山下奉文大将
かっては、マレーの虎と異名をとった彼でしたが・・・・。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
太陽電池モジュールは寿命が長くて、お得ですよ。

連絡先は
FD 0120-58-9901 TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。

ページ移動