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何故 鷲宮の八甫に金比羅宮が在るか

2019.06.13 (木)

八甫の語源は八艘の帆懸船が利根川に何時も浮かんでいた言葉なのです。
利根川は自然堤防で氾濫しあちこちに湖沼作ったのです。

栗橋のカインズホーム有るところや白岡市の柴山沼などがそうです。
多分、蓮田の地名も利根川の氾濫で湿地帯でき、蓮沼になって町名に成ったのではないかと想像しております。それにしても江戸との交易の凄さが読み取れます。

当時、水量が多くて堤防か決壊したのでしょうね。現在の堤防は底辺200m以上あります。

いくら河底の砂を重機で掘っても、栗橋町は利根川の河川底より低いのです。
渡瀬川の合流地点に渡瀬湧水地作り避難時間を稼ぐ施策とったのです。今の東京は地下にどれ程の情報網張り巡らされているか。もし、東京が情報混乱を起こせば世界経済混乱します。復旧の為に何十兆円では済まないとと思います。
今の東京はシンガポールと同じで世界経済の一部なのです。

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一人ぼっちの桜見学、贅沢でしょう。

2019.06.09 (日)

昭和38年5月1日のことです。桜の名所、弘前城に東北一周の切符を購入して、旅好き私は一人旅に出たのです。
当時はやっと日本が戦後か脱し、アジア大会、オリンピック、万博に涌き始めた頃で「オーモウレツの」言葉の言葉出始め、豊かさを感じ始めた時代でした。
特急寝台車でいった記憶です。特急と言っても今の急行より遅いのです。

最初の降りたった場所は記憶になく、松島、浄土が浜、十和田湖、そして、奥入瀬を3・5里半歩いたのです。浅虫、青森で青函連絡船見た記憶は残っています。

当時の環境は桜見学など不謹慎の環境で誰も居なく、ぽつねんと見学をしている所に弘前高校生がスタスタと通学する姿を見受けただけでした。

2度めに妻と行ったときに凄い人した。弘前の武家屋敷垂れ桜は時期がみちかいので未だ見たことがありません。

武家屋敷の城代家老の蔵に微かに顔が写るの驚き、撮影したら注意をされたのです。
一度はと思いましたが今は叶わぬ夢で終わりそうです。

何事も即実行で無ければチャンスは力で呼び込まないダメなものです。アパホテルの元谷
社長の言った事なのです。

旅は道連れ世は情け

2017.05.13 (土)

右側上の扇谷フォトアルバム「国内旅行」「海外旅行」もご覧ください。
素敵な写真が沢山ありますよ。
屋根の施工・住まいの点検・鬼瓦の色々・世界の瓦屋根のフォット・ガイドイン工法・全国瓦工事連盟・埼玉瓦工事組合連合会の活動・見ても面白い写真集があります。ぜひご覧ください。
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石田三成がの坊の城めで陣を張った丸墓山。

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佐野インター付近の三毳山の道の駅の曲線美の美しい建物

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蛍草フクロウの野草

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三毳山の光子
とてもご満悦です。
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平家の落人の隠れ温泉郷「湯西川温泉」の露天風呂
ほほえましくい温泉風景ですね。

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