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アフリカの昇竜と降竜(雷雨と竜巻)

2017.08.25 (金)

アフリカの昇竜と降竜(雷雨と竜巻)

私は職業柄天才の被害をまじかに見て、また、その自宅に行って復旧工事をするのです。
東日本の震災・阪神淡路大震災・千葉地震・北関東熊谷の突風・坂東市の竜巻・埼玉県の春日部市から千葉県の野田市の掛けての竜巻の被害に係ってきたのです。竜巻の被害は遭った者しか解からない甚大の被害です。
私が直接かかわった現場です。東日本大震災は件数が多くて説明できません。
しかし、20年ぐらい前でしょうか竜巻のすごさを見、復旧工事に当たたのです。
6mの道路を挟んで、200Lの水の入った温水器が当社の施工した物件の壁に当たり屋根に屋根が壊れたのです。
目胴し30CM以上あるケヤキが倒れ、温水器の乗っていた屋根が吹き飛んだのです。
ところが、復旧工事をしたお宅のカーポートの波板は何でもないのです。
竜巻の通った10mくらいの幅で被害が出て、家によっては昔のつくりの家では、家が土台から10CMくらい動いてしまったのです。
これが竜巻の被害なのです。
アフリカの大地は、はるかかなたの40KMくらいまでサバンナに前方を遮るものはありません。すごい夕立、スコールだと思うのです。
天に真っ黒い積乱雲が大地を覆い、胴の太い竜が下りてくる格好です。恐ろしさを招く竜虎の戦いに様に見えました。
正に、降龍の様です。我々が住んでいる埼玉県では、遠くまで見渡すことはできませんのこんな光景は見られません。
アフリカの竜巻は、大地が乾燥し乾季は背丈の低い草木しか生えません。すぐ上昇気流の小さな竜巻はアイラこちらで発生します。7mから12mの大きな竜巻は乾季でも発生しないのです。
ところが、8mから10mくらいの竜巻が発生しこちらに向かってくるのです。しかし、マサイの運転手は自分のエリアでの竜巻はあまり気にも留めずに走っているのです。
多分、この竜巻は、サファリのジープを横倒しにしないことを知っているのでしょう。獲物を探す方に気を使っているのです。
何でもそうですが、俺に任せておけ!。という感じなんでしょう。中くらいですが私はカメラに収め悦の入っておりました。夕立の降竜も写真に収めました。なーんだと思いますが、現場に行ったものはそうは思いませんでした。

ラッキーラッキー・ヌー川渡りに遭遇

2017.08.12 (土)

10年前に私たちは、日本のお盆休みを利用して、アフリカ、ケニア・マサイマラ・ナクル湖の旅10間のツア―に申し込んだのです。香港で、各地のツアー客4人と合流してドバイ向かったのです。香港で、空港スタッフが「ムンバイ・ムンバイ」と大声で叫んでいたのです。
ムンバイ行きの飛行機が離陸時間間際になって、搭乗客に何かが起きたのでしょう。
私たちは、6人が合流して、世間話とアフリカのツアーの話しに華を咲かせていたのです。深夜12時を過ぎたころドバイ行きの搭乗手続きが始まったのです。
ドバイで飛行機はガラガラで、一人で3人ぐらいの席を確保できたのです。変な姿勢ですが、横になって、ナイロビまで、行くことだできました。不眠の疲れを少しは癒され、ナイロビに降り立ったのです。
迎えのジープに6人が乗り込み、マサイマラのホテルに何とか着きました。デナーはアフリカンカンの音楽に迎えられました。
ところが、白い漆喰の天井にはヤモリが数匹へばりついていたのです。
私は、仕事柄、日本でもしばしば見ていたので驚きもしなかったのですが、妻は驚いた様子でした。
食事はフランス料理が出てきて、少しおどきました。1944年ごろまで、フランスの殖民地だったことに由来してるのです。
庭にサルがたわむれ、変形のプルールがあって、コーテジまでの通路には、大小さまざまなシャボテンは花をつけておりました。
朝、起きるとマサイ族と思われるスッタフの元気な「ジャンボ」(挨拶)に嬉しくなって「よーし」と気持ちを切り替え、アフリカの大地のすがすがしい空気を体中に吸い込みました。朝食の前のサファリに出発、20~30分走ったろうか、チーター、チーターという声に指をさす方向400mmのレンズを向けたが、何も見えません。光子も、持参した双眼鏡で探したが獲物は見えません。運転手のスッタフが、指差す先端に目を負いながらやっと見つけることができました。
2頭のチーターが大きな枝の上にそれぞれ、違う方向に頭を向けて、周りの気配を、風をかぎ分けながら、今日の獲物を探している姿をとらえることができました。
こんなことを繰り返しながら朝のサファリを2時間ぐらい楽しんで、ホテルの帰り、熱いお絞りに顔を拭き、冷たいタオルにさわやかさを感じで、朝食6人で楽しみ、部屋に行ってベットに横たわり次のサファリまでの時間を寝入りました。妻は、洗濯物を干したり余念がりませんでした。
こんなことを繰り返し、4回目のサファリの時です。
突然無線が入り、マラ川の向かいました。対岸に2000頭を超すヌーがモウモウといきりたっているではありませんか。
待つこと1.5時間ヌーは一向に渡る気配がありません。
川岸まで降りてきては、登り、こんなことを何十回と繰り返しても、渡る気配はありません。
マラ川には、カバが数十頭、顔を出して、昼寝をしてました。
私たちも途方に暮れ、また、無線が入ったので、その方向に急行しました。チーターがインパラを捕まえたのです。
母チーターは体中、息を荒くして、疲れ切って、ブッシュに潜み獲物を監視していました。子供のチーターが2頭姿を現し、インパラに近づき、戯れていました。30分ぐらいたった時でしょうか、母親のチーターがインパラを咥え、ひょいと持ち上げ、インパラをブッシュに引きずり込み、3頭のチーターがインパラを食べ始めたのです。
また、無線がなり、マラ川に向かい、撮影ポイントを確保し、望遠を構えました。それから10分ぐらい待ちました。
1頭が飛び込みました。次から次とヌーはマラ川の2か所で渡り始めました。私はシャッタをーを夢中になって押し続けました。3分ぐらいの出期事でしょう。約1000頭ぐらいが渡ったです。
写真家田村 寛一さんも4度目でやっと撮影が叶ったそうです。
同じ道祖神のツアーで来た10人ぐらいは、このヌーの川渡りに遭遇出来なかったのです。同じ会社で、同じ飛行機で、同じ時間帯にコーテージを出て、朝のサファリーに出たのです。
大自然の繰り返すドラマは、ほんの数分違いで遭遇しないのです。
心の高ぶりを抑えて、ホテルの戻り、明日のナクル湖のサファリーにデナーをとって、ベットに横たわり、今日の出来事を思い出していました。
ラッキー・ラッキー、ヌーの川渡りに遭遇したのです。初めてのケニアのマサイマラの出来事です。

教訓:運も人生の片りん。時は金ではけえず。

陽炎のヌー

2017.08.12 (土)

アフリカの大地でインパラに次いで数多く見かける草食獣がヌーです。
ヌーは神様がおつくりになった最後の動物で、角は牛、ヤギのひげ、カモシカの足、馬のしっぽ、その為、マサイ族は、神の失敗作と伝わっております。
しかし、仲間の絆は人間以上で、100頭近い群れで行動してます。体重250kGに及ぶヌーは、肉食獣でさへ、うかつに襲い掛かれないのです。
しかし、群から外れた、ヌー、イネ科の草をを求めて、マラ川渡りの時にはぐれた母と子のヌー、怪我をして孤立したヌー、肉食獣は見逃しません。
忍び寄って、襲い掛かるのです。
大きな太陽が地平線に沈み、周りが遠方まで見渡せなくなると、ホロホロ鳥の大軍が灌木の周りを抜けてゆくのです。空には1等星が輝きだし、周りがうっすらとしか望めなくなって行きます。
ヌーの群れが陽炎のように私たちのサファリーカーに近ずき、数を増して去っていくのです。
この光景は、蝋燭の炎、線香花火が最後の細い光を落とし、はかなく消えてゆく光景を映し出して、夜のとばりが、明日の太陽が昇る準備を始めてアフリカの大地は、漆黒の夜に入るのです。
ホテルが赤々と輝き、銃を持った警護の人の温かいお絞りは心に満たされるのです。
この素晴らしいひと時を大スケールのアフリカの大地が教えてくれます。

コーヒーのおいしさ

2017.08.11 (金)

世界の旅を楽しみながら、常々思うことがあるのです。
私は、自分でもコーヒー通でないことです。それでも海外旅行でリッチな気分で至福の中で飲んだ思い出のコーヒーがあるのです。
私が、ある講習会で聞いた話です。
帝国ホテルのシェフの作ったステーキでも、自宅の裸電球の下で、一人で食べるステーキと、帝国ホテルの豪華なレストランで家族で楽しく食べるステーキは、違うことを聞かされたのです。

何でもそうですが、雰囲気の占める割合は、50%以上の効果があるそうです。そのため、帝国ホテルのステーキはムード演出も含まれるとのことでした。
海外旅行の中でお勧めの場所があるのです。
一つは、ギザのピラミット見えるカイロに近いコーヒー店の2Fの窓際、2つ目はナセル湖の近くにあるオールド・カタラクトホテルのナイル川の見える中庭の野外レストランです。
このホテルは、トーマス・クックの作品で、アガサクリスティの「ナイル川殺人事件」舞台なのです。
イギリスのチャーチルやサッチャー首相・ダイアナ妃などが宿泊したイスラム色残る有名なホテルです。
眼下にヌビア人の操る帆掛け船がナイル川を行き来しているのです。
遠くにサハラ砂漠だ見え、よく見るとナイル・メーターと呼ばれる水位のような遺跡も見られ、対岸の遺跡も望むことができるのです。
夕日が沈むころ行ってて下さい。日中のじりじりする太陽は地平線にしずみ、ここと良い風が肌を通り抜けることでしょう。
最後は、ヒマラヤ観光ホテルのエベレスト、女性の首飾りと異名を持つアブだブラム、赤い屋根越しに見えるコンデリ山、ヒマラヤの6000m山々を望む中庭のコーヒーも格別なのです。
人それぞれに、素晴らしい時間を持つことができるのが旅の醍醐味です。
私にとって、とっておきの至福の時間でした。

静寂の中の命の凍てつき

2017.08.05 (土)

何千、何十万年と続く自然の営みの中で、アフリカの大地ほど昔の姿をとどめて居るところはないのです。
草食動物がイネ科の植物で育まれ、その上にジャッカル、チーター、ライオンなどが草食動物を襲い何十万年と続いてきたのです。
また、肉食動物は死体を大自然の中に骨を白日の下にさらしながら、イネ科の植物の栄養になって転生輪廻は続くのです。
私達が朝のサファリに出て、1時かぐらいたった時でしょうか、象の群が、小象を守りながら15頭ぐらいの集団で、私たちのジープを邪魔だといわんばかりに睨みつけながら過ぎ去ろうとしてしていた時、一頭のチーターがブッシュに潜んでいたのです。
襲撃の体制を整えるべく、頭と肩をブッシュから30センチほど出した時、前方を歩んでいたヌ~の群れの1頭が気付き、突然列から離れ猛烈な勢いで走り出したのです。
安全と思われる距離まで離れると金縛りにあったように、ぴったと止まり、周りの空気が凍てつくようにピリピリしたのです。
そこにいた、ダチョウやインパラも凍てつく空気の中で、身動きができす、数分の間、私の体を包んだのです。初めて体験する命のかかった瞬間だった。
チーターがブッシュに身を置き、元の空気になって、そこにいたヌ~の一団も何事も無かった様に隊列を組んで動き出したのです。
日本人は、命の有難さをなかなか理解できないのです。
家族が、交通事故などで、若くして、突然亡くなった時、あるいは、病気生活の困窮に陥り、生活の糧ににも困るようなときに、命の尊さを教えられ途方に暮れるのです。
老いた両親の死は、ほっとする心も内側にあるのです。
一休禅師が「親が死ね、そして子が死ね、孫が死ね」これでよいのです。
しかし、アフリカの大地のどこかで繰り広げられる生と死は、自分の眼前で繰り広げられる壮絶の死は、一度は経験し、地球の中で転生輪廻は続くのです。
初めての経験を、これは私の人生観変えたのです。
この体験が、自分の人生にプラスになって老いて益々なのです。

木の上のキリマンジャロに乾杯

2017.08.05 (土)

昔60年の前の事で、記憶が定かでないのですが、木の上の「ビヤホール」そんな漫画があったような気がするのですが、漫画の世界が現実にあるのです。
それも、ケニヤの国立公園内のホテルの話しです。
周りは、猛獣を避けのために掘割があり、カバが昼寝をしていて、守衛はソ連製銃を携え、橋を渡る猛獣を打ち殺すのです。
我々が、朝焼けのキリマンジャロを写真に収めようと橋を渡って100mぐらい行ったところで、カメラを構えて居たら、守衛が来て、肉食獣がいなくても、人間より速いスピードを出すので、危ないとホテルに追い返され、写真を取らずじまいでした。
そんなホテルの木の上にビヤホールがあるのです。ターザンの気持ちのなった気分を満喫できるのです。
雪をかぶったキリマンジャロ、周りに広がるサバンナ、キリン、シマウマ、オリックス、インパラの群れ、エジプト雁、そんな動物が織りなす素晴らしい光景の中のホテルです。
大きな木の上に、アメリカの西部劇に出てくる場末の居酒屋を木の上に持って行ったよう光景を想像してください。
その光景なのです。
朝、夕の2回のサファリ、昼間ののんびりした昼寝の時間、何の標識もない道など当然ないサバンナ草原を無線一つで、猛獣を追いかけまわすのです。
シマウマ、ヌーの川渡りの場所に急行するのです。
マサイ族の視力は4.0なのです。私たちは良くて、1.2です。そのサバンナどこかに、怪我をしたヌーでもいようものなら、剥げ鷲が餌の取り合いです。
ビタミンをとるために尻の穴から、臓物引っ張り出し食べるのです。
また、ヌ~が1KM以上一線になってサバンナを行く光景、美しさ以外何もでありません。
サバンナには、命の輪廻があり、大自然の広大さは、TVでは想像ができな光景が常に繰り広げられているのです。
その光景を巨大なバルーンで追いかけ、安全の場所に降り周りの草食獣を目で追いながらのコックが作ってくれる朝食時間が過ぎてゆくのです。
アフリカは、一度行ったらもう一度行きたくなるのです。

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