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パイネ山群で道に迷って。

2017.08.10 (木)

パイネ山群といっても分からない人の方が多いと思うます。
南米の地図を想像してください。
マゼラン海峡やフォークランド諸島のあるアルゼンチンです。
そこには、頭がラクダで体が鹿の「グアナコ」や飛べない鳥でダチョウのような「レア」ピーマ」などの珍しい動物の生息地です。
そして、ここも誰がが一山当てようと売りに出し、移住が始まったのですが、人は住めず、農作物は育たず元の地に戻ってしまったのです。
そんな秘境に鋭角の山々が林立しているのです。
遥かな、日本列島がぶつかり合ったり、50km及ぶ火山の爆発、富士山が3つの山がくっつきあってできた時代に、環太平洋造山活動によって、ヒマラヤ、ローキー山脈、アンデスの峰々が隆起したのです。隆起した3000m山々の峰が直角にぶつかり、南米の南端に花崗岩が隆起し赤い花崗岩と白い花崗岩山の鋭い峰を作り、他の山々は噴火によって安山岩できているのです。赤、白、黒の神のなせる奇形です。
山々は雪も積もらないような鋭利の山です。太陽が出ていても、氷河湖、雪山によって、陽の当たる風邪を遮るところで、ランチを取り、休憩をとっての帰り道です。小川の橋の付近で、足が疲れのため、ツレ、光子にもんでもらい、同行の2組の人に漢方のツレの緩和剤をもらい、びっこを引きながら、歩き出したのです。ところが、レンジャーが2人いたのですが、途中から、下山した人が居て、そちらにレンジャーが同行したため、先頭を行くレンジャーだけになってしまい、1本道で帰れるということが頭の底辺にあって、二股に分かれるところに標識があったのですが、ポルトガル語は理解できず、何も迷わず登りの方に行ってしまったのです。
その時は、前後に人影見えず、ドンドン行ってしまいました。
行けども行けども誰も見えませんでした。もし、この時レンジャーが私がいないことに気づき、戻ってこなかったら、今の自分はなく、死んでいたかもしれません。夏といっても夜は、氷点下のアルゼンチンの最南端の出来事です。
もし、死んでいたら、今の子供達の生活もないのです。そして、レンジャーが私のカメラのリックを持ってくれたのですが、足は上がらず、牛歩のような歩みでした。もしも、ブッシュの株に足を取れれ、倒れたら、怪我をしていたことでしょう。
2時間遅れでホテルについて、ツアーの同僚の目の冷たかったこと、自分の犯した間違いで起こった事です。土下座して、頭を下げ謝罪文ったのですが、許してもらえず、南極行きの船の中で、光子と悩みました。
ところが、そんなこともあって、船中での食事は仲間と取るできず、大勢の知らない人と会話ができたのです。
世の中面白いものですね。この時知り合ったのが33次越冬隊長です。
南極の帰りの航路は楽しい時間を過ごし、パイネ山群のいやな思い出も、今は楽しい思い出になっておりました。
人間万事塞翁が馬です。
今でも越冬隊長とはお付き合いをさせております。

搭乗機の右翼がめくれて。

2017.08.10 (木)

私たちが南極に行った時のことです。シアトル発ブエノスアイレス行きに搭乗したのです。どの位乗った時か覚えたおりませんが4~5時間は乗ったことでしょう。機内のアナンスがあったのですが、スペイン語のため、日本からいった添乗員すら、理解できずウロウロする始末です。
乱気流に飲み込まれ、30分くらいでしょうか、機体が大きく揺れ、一度も経験したことない長時間機体はガタガタと揺れ続けたのです。
光子は、後から生きた心地がしないと話してくれたのですが、私はそんなこと意にも介さず、文庫本を読んでおりました。
瓦葺き師として、職業柄いつも危険にさらされているのです。
でも、その私ですら、どうもおかしいと気付いたのです。どうも飛んでる時の状態が平常でないと思いました。そのうちどこの国だかも理解せず、飛行機は、緊急着陸したのです。

飛行機が、滑走路に安全に着陸し停止しまし。乗客は、ガヤガヤと立ち上がるもの、みんな右側の翼の方を見て、驚く人や、指をさして説明をする人や、驚きを隠さないで困り顔の女性などが機内のどよっめき
を増幅させていました。
やっと日本から同行した添乗員も理解したのか、私たちに説明を始めました。
まだ、、どこエアポートに着陸したかそれでも分らず、誘導のままに
ついて行かれました。
やっと、ウルグアイの田舎の飛行場に緊急着陸したことを知らされました。とうとう飛行場の名前は解らずじまいでした。
待つこと、2時間ぐらいでしょうか、アルゼンチンのブエノスアイレスに向かった飛びったって、日本から来た南極行きのツアーの人々の顔に、安堵感が戻ってきました。
ブエノスアイレスに降り立ち、迎えのバスに乗って市内観光です。
私たちは、2度目のブエノスアイレスです。マチュピュチに行ったときに立ち寄ったのです。
だれが見つけてきたわかりませんが新聞を手にして私たちが乗った飛行の右翼がめくれ写真付きでした。早、私たちも購入して日本に思い出として持って帰り、今はスキャナーで取り込み印刷できるようにしてあります。
これも、思い出の一コマです。人生ハプニングがあるものですね。

アザラシに追いかけられて。

2017.07.30 (日)

世界の秘境、南米のパインネ3山群にこんな景観もあるのかと思うような景観に心を奪われ、早朝のパイネ山群に別れを告げ、空のブルーに低い雲がたなびき、頂上はとんがりを見せていました
バスは、南極航路の出航地ウイシュアイアに向けて走り続けました。ここはマゼラン海峡のすぐ近くの南米一の安全な観光地です。ホテルに入り、他のツアーと合流し、ホテルに宿泊、また、南極のお土産の最後とあって、妻は、沢山買い占め、それでも足らないともう一度出かけてく来ました。翌日の午後、砕氷船のような船に乗り込み、アンデス山脈が海に溶け込む景観に静かに見入って船は出航しました。アンデスの山々が見えなくなるまで、船窓から見入って、夢の南極に来たのだと実感がわいてきました。白夜のため、午後11時にになっても空は白々としているのです。寝いっている午前3時ごろでしょうか、船が大きく揺れ始まりました。
気だるくて、カーテンも開ける気がしません。船は、ぎーぎーときしみながら進んでいます。暴風圏を通過して入りのかもしれません。今までの凪が信じられません。そのうちまた、うとうとと眠りに引き込まれました。
朝の船内放送によれば、暴風圏を通過したそうですが、すごいシケだったそうです。妻は、酔い止めの薬を飲んだのですが、頭が痛いそうです。朝食がのどに透らなっかったそうです。そんな船酔いの方が、10人以上いたそうです。
甲板に出るとひんやりした夏の南極の冷風が顔を通り過ぎてゆきます。海は凪、空は日本の秋のような雲がたなびき、南極の景観が眼前に現れてきました。誰彼となく。カメラのシャッター音が周り中から聞こえてきます。
遠くにペンギンも見え始めました。また、海鳥が飛んでゆきます。
ペンギンもちらほら見え始まりました。島に、色鮮やかな建物も見えてきました。流氷に乗って、かに食いアザラシが現れてきました。
南極大陸2日目の事です。パラダイス湾の出来事です。
見晴らしの良い頂上部を下って来た時のことです。周りにクルーズの添乗員が何人か配置され、南極の植生を荒らさないとのことと思っておりました。
少し道よりそれたのです。突然何かがどさり、どさりと大きな物体が動くではありませんか。南象アザラシです。恐ろしくなって、私は駆けだしました。飛びのいたところにも、大きな岩がありました。その岩も、私に驚いたように動いて襲ってくるではありませんか。
こちらも南象アザラシです。大きいのですと6m、重さ4トンもあるのです。雌でも、4mの重さが1tはあるのです。
まさか岩が動くとは思っていませんでした。アザラシに取れば、昼寝を邪魔されたとばかり、怒り狂って襲ってくるのです。
周りにいたスタッフがどうしたかは、知りません。南象アザラシは落ち着いたのでしょう。追いかけてくるのをやめたのです。
私はやっと落ち着きを戻し、息を整えました。
今度は、別の海の方に行きました。突然、鳥が飛び立ちました。昨夜南極講座で講師をしていた方が、そっちはナンキョクアジサシの営巣地です。きつい言葉で制止られたのです。緒とムッとしましたが、南極の生態系を守らなければいけないと自分に言い聞かせ、オットセイのいる方に行って写真を撮影しました。
今日は、アザラシに驚いたり,制止されたりめったに味わえない一日でした。

教訓:岩のように見えるアザラシに気を付けよ!!。

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