http://blog.with2.net/link.php?720512
上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
雨漏り奮闘記 火事と喧嘩は江戸の華 瓦どんな役割をしただろう?。
安土桃山時代、信長の安土城、秀吉の建立した大阪城、伏見城なども権勢の誇示の為に金色瓦が葺かれた。
そして、家康が江戸に幕府を築き、各大名に江戸屋敷を持たせた。
しかし、戦国時代普及した、瓦を財力をつけた、豪商たちが瓦を葺くようになった。
そんな中、幕府は瓦を使用することを禁止した。
豪商たちを権力で抑える目的と、『一国一城令』だし、諸大名の権勢を抑える政策に出た。
そして、『武家諸法度』『参勤交代』などの制度を発布して、
その参勤交代による消費活動で、商家も増え、江戸の人口も
世界有数の人口を有するまでになっていった。
瓦禁止令の為、広大な屋敷を持つ、大名屋敷は森に囲まれ、
江戸の大火といわれる明暦の振袖火事などを除いて、さほどの被害はなかった。
ところが、庶民のしもた屋、商家は家がひしめき、いったん火事になると、大きな被害を出し、また、消火活動の時、重い瓦の落下塔のため、被害が拡大した。
そんな中で、火災を防ぐ目的で、わら葺き、カヤ葺きの屋根の上に粘土などを置いて、燃えにくくしたが、本来の屋根の目的の、雨漏りは拡大した。
禁止令の中で、板葺・杉皮の屋根が増えていった。
庶民の知恵が、今でいう民活によって、平部の瓦のみを使用した、
『火除け瓦』普及していった。
これにより、火事と雨漏りが減っていった。
近江の瓦工人『西村五兵衛』その噂を聞いて、江戸に赴き
当時一般的だった本葺き瓦(現在神社・仏閣に使用されている重厚な瓦)より、軽くふきやすい瓦は出来ないかと、考えた末、
現在私たちが使用している瓦の原型の桟かわらを考案した。

社寺仏閣で使用されている、重厚な本葺き瓦
大名屋敷の屋根はは本葺きで施工されていました。

現存している金箔瓦(軒瓦が燦然と輝いています)
広島県の安芸の宮島の千丈閣。秀吉の死後完成することはなかった。
現在重要文化財です。内部は未完成。

近江瓦工人『西村五兵衛』が考案した現在の桟がわらで施工されたちょっと変わった瓦です。
飛騨の高山で見かけたので撮影してきました。
楠木 正成の菊水の紋が見受けられます。
太陽光を推進しよう会の「 新瓦博士」
当社ホームページは
http://www.ogiya.co.jp/です。
クリックしましょう。
連絡先は
FD0120-58-9901 TEL 0480-58-0301
