Calendar

<< 2019/7  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

記事一覧

虎視眈々と天下を狙う正宗・・・・・。

2019.07.09 (火)

 正宗は陸奥にあって、独眼竜の奥深くに秘めた63万石の外様大名でした。
 しかし、戦国大名で陸奥で覇をとなへ、領国を拡大したのです。また、支倉常長一行を遣欧使節団として派遣したのです。バチカンの教皇パウルス5世に国書を差し出し、日本におけるカトリックの王と認めてもらい、スペイン国王と手を組み統幕計画を実行しようと計画したが、当時スペインは植民地の権益をイギリスに奪われ、国力が下降し幕府転覆計画拒絶され、計画は水泡に帰したのです。そのうえ徳川幕府は、3代将軍家光の時に鎖国令が確立し、長崎の出島にてキリスト教(耶蘇教)でないオランダ、中国、朝鮮、琉球のみ貿易を許可したのです。
 支倉常長は鎖国の最中に帰国し、蟄居させられ座敷牢に入れられたのです。
 しかし、早晩支倉家は、蟄居を解かれ、禄をもらい現在まで血筋がつながり仙台に住んでいるとのことです。
 遣欧使節団の中には現地の女性と結婚し、haponnの名前で呼ばれている人々がおります。

 話は変わりますが、高山右近は5大老の前田利家が亡くなり、家康に「耶蘇教をとる日本とるか」詰め寄られ、スペイン領のフイッリピンに住んだのです。義父宗春の慰霊の旅でのフイリッピンのマニラ市で右近の像を見てきました。

瑞巌寺は正宗の最後の戦い城?。

2019.07.09 (火)

 自分ながらよく旅に出たものと思っております。瑞巌寺は、一人旅と瓦問屋の招待で妻と一緒にの3回目すが今でブログを書きながら、牡蠣を食べに乍らに、行ってみたいと思っております。
 瑞巌寺には、長谷川等伯の虎(豹)の襖絵、欄間の根来刑部座衛門の透かし彫刻、庫裡の櫓(鉄砲の狙撃の櫓)などもう一度ジックリ見学したいと思っております。

 松嶋は、天然スレートの産地です。3/11東日本大震災で、70年ぶりの新築当時の姿に、東京駅の中央改札口の屋根を剥がしたスレートを保管していた倉庫が津波で流され、流失したのです。管理していた石巻市の熊谷産業が社員・社員の家族で70%回収し、外国産の天然スレートを追加して辰野金吾が設計した、ドーム屋根に戻し完成にこぎつけたのです。このニュースを見て、同じ同業者として感心しました。それも、会社、自宅の復旧を後にしてです。

 松島と言えば、五大堂です。五大堂は、坂上田村麻呂が蝦夷征伐のため建立したのが始まりで、四獣が屋根にあるのです。門前の小僧です。最初の旅行で玄武を撮影してきました。今度の旅で、後の白虎、青龍、朱雀を詳細にまた、位置関係を確認しようかと思っております。その後、正宗が建立した五大堂は、最北で最も古い桃山建築です。

 松島の代表的岩の仁王岩です。地震、津波、台風で頭の部分が落下するのですが、2度目の時はセメントによる接続されており、素人感覚で明らかに頭だけ乗っけた感じでした。せめて、同質の岩の粉体を噴霧接着すればと思いました、
 芭蕉が見た美景絶景の姿はありません。😢