http://blog.with2.net/link.php?720512
上記アクセスをクリックしていただけるとブログ掲載の励みに成ります。宜しくお願いいたします。
連絡は0120-58-9901 または0480-58-0301
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
雨漏り奮闘記 あなたならどうする。ギリシャの金融危機を
他山の石と思いますか。
今、日本の国民はギリシャの金融危機を他山の石のようにほとんどの方が思っている。
此処に4/27付けの元経済企画庁長官を務めた、堺屋 太一氏の寄稿文を掲載致しました。
この寄稿文をお読みになってどう思うかは自由ですが、この状況下で日本は長期プライムレート上がり、国債の償還がますますおぼつかなくなるのです。
今、日本の預貯金高1400兆円に支えられて、国債金利は1%台に押さえられておりますが、我々(小生68歳の老人です)の年代の預金残高が減少して、海外の資金を受けなければならなくなった時、
ギリシャのように金融危機が訪れるのです。
現実に日本であった戦時国債の話を致します。
償還期日が昭和30年代戦時債の事です。
戦時国債は戦争で財政危機に陥った政府は昭和17年から終戦の昭和20年まで大量の国債を発行したのです。
額面の金額は15円です。しかし、購入当時の庶民の月給は8円と聞いています。
我が家の妻の祖父がせっせと貯めたお金を、妻、子供、孫の為を思って、あるいはお国の為と思って購入したことでしょう。
戦争に負け。終戦を境にして、日本経済は、今でいうハイパーインフレに見舞われ、国民の生活は困窮し、スリ、カッパライ、米泥棒、そして、この鷲宮町、いや、近所で強盗があったのです。
自殺者、電車の飛び込み、入水者なども多発し、今と同じく『大学は出たけれど』の歌謡曲が流行したものでした。
とくに、この地方は昭和23年カスリーン台風に見舞われ、利根川の決壊で、大水に見舞われ(栗橋から八潮市までの全域が水害にあった)
その時の悲惨さは幼子心の片隅に記憶しています。
おふくろが言っていた。今の換算ですが、闇米60KG(1俵)150,000円になったそうです。
いくら高くても、食糧はかわなければ飢えてしまいます。
今みたいに「何でも売っている」わけだはなく、蔣油、油、お米
なんでも配給です。
『米穀通知書』を持参しないと安いお米は買えなかったのです。
配給で支給量が決まっていて、ヤミ米を購入しないと生きていけなかったのです。
都会のサラリーマンは特に公務員は生活が困窮して、正直な裁判官は、自分は法を守るものとして、法を犯すことはできないと言って
『飢え死』をした方がいたくらいの世の中です。
想像できますか。私たちが結婚した当時は、まだ、『米穀通知書』が生きていました。
当時、私の実家の家族は3所帯で、乳飲み子を含めてですが、10人の家族です。
当時の食事は粗末で、おかずは味噌汁、香の物、それに納豆ぐらいで、病気になってやっと卵が食べられるくらいでした。
当然お米はどんぶり2杯から3杯でした。
お米のヘリが想像できるでしょう。
もうひとつの記事を読んでください。空恐ろしくなるくらいです。
私たちの年代、つまり昭和18年以前の生まれ(実は私は昭和17年生まれ)の国民は生涯で年金、医療費等で4,875万円の税金の還付、つまり国からお金がもらえるのです。
ところが、昭和60年以降に生まれた、今25歳以下の若者は、
子供手当は結婚して子供が誕生すれば、月額26,000円支給されます。(2人の子供で15歳までに936万円支給されます)生涯に返済する国債の借金は、なんと、4,585万に膨れ上がっているのです。
若い世代の国民は、なぜ、国民に優しい、つまり、欺瞞に満ちた『民主党政府』を支持するのだろう。
我々は、得をする年代が心配して、損をする年代が政府に対して 怒りを爆発させなければならないのです。
そう思いませんか。このブログをお読みになっている方からのコメントを受け付けます。

太陽光を推進しよう会の「新瓦博士」
当社ホームページはhttp://www.ogiya.co.jp です。
クリックしましょう。
連絡先は
FD 0120-58-9901 TEL0480-58-0301
ご連絡お待ちしております。













