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一人ぼっちの桜見学、贅沢でしょう。

2019.06.09 (日)

昭和38年5月1日のことです。桜の名所、弘前城に東北一周の切符を購入して、旅好き私は一人旅に出たのです。
当時はやっと日本が戦後か脱し、アジア大会、オリンピック、万博に涌き始めた頃で「オーモウレツの」言葉の言葉出始め、豊かさを感じ始めた時代でした。
特急寝台車でいった記憶です。特急と言っても今の急行より遅いのです。

最初の降りたった場所は記憶になく、松島、浄土が浜、十和田湖、そして、奥入瀬を3・5里半歩いたのです。浅虫、青森で青函連絡船見た記憶は残っています。

当時の環境は桜見学など不謹慎の環境で誰も居なく、ぽつねんと見学をしている所に弘前高校生がスタスタと通学する姿を見受けただけでした。

2度めに妻と行ったときに凄い人した。弘前の武家屋敷垂れ桜は時期がみちかいので未だ見たことがありません。

武家屋敷の城代家老の蔵に微かに顔が写るの驚き、撮影したら注意をされたのです。
一度はと思いましたが今は叶わぬ夢で終わりそうです。

何事も即実行で無ければチャンスは力で呼び込まないダメなものです。アパホテルの元谷
社長の言った事なのです。

国道の話、よもやま話

2019.06.09 (日)

 国道の話をしたいと思います。
日本には有名な点線国道、つまり、車の走れない国道がたくさんあるのです。
 初めて知ったのは、佐渡汽船に乗った時です。
国道何号線は忘れましたが国道〇〇号と書いてあったのに驚き、興味を持ったのです。日本の離島へ航路はほとんど国道です。
 また、山間部で有名な国道は、尾瀬沼の中を通過しています。官軍が会津城を攻めたときに通過した桧枝岐までの沼地周道路も国道です。村人が官軍を誘導したおかげで、焼うち・食料強制調達なく、150年の間、平穏な生かつでき、飛騨高山、五ケ個山に次ぐ茅葺屋根の集落です。
 今から55年以上前までは東京南秋川渓谷にもあったのですが今は維持費が高額のために金属屋根で覆われたのが残念です。昼食と取った1軒の民家の3日に上がらせていただき上がってみると蚕の飼育場になっておりました。この地域武田の息がかかっていたので兜つくりになっておりました。
 良く調べてみると尾根伝いに国道があるときもあります。

有名な点線国道は青森県339号線の国道です。観光の名所になっている階段国道です。
 階段を下りて周遊しようと港から歩き始めたのですが、国道が無くなり波打ち際になってしまいあきらめました。

 国道とは、天皇の御幸と帝国陸軍の速やかに移動するために作られたのです。
 戦後、コンクリートの国道と
アスファルト舗装が議論されアスファルト舗装に決まったらしいです。
 修理が簡単で車の通行を邪魔しないの理由らしいです。
ただ、ローマ街道のようにマ岩盤まで杭が届いていないのですぐ波打つ欠点がります。