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記事一覧

駿馬逃げ、時を経て数頭の馬と戻る

2019.06.16 (日)

私と妻は違うテーブルで食事を取ることしたのです。
たまたま、同じテーブルで食事を南極講座した先生が同席になったのです。話をしている内に
住まいを聞いた所宮代駅近くのマンションとのことでもう一組の御夫婦は、久喜市在住で隣町同士でビックリしたのです。帰りの航路も何度となく食事も御一緒させていただき、今も鷲宮神社の初詣の時に我が家の駐車場に止めて初詣しているのです。
世の中は捨てる神あらば、拾う神ありです。目の前の事だけ考えれば良いのです。南極ツアーは楽しい思いでなりました。
97ヶ国を回った方、同じグループ途中帰ホテルしたかたは冷たい目で観ていなっかったのです。
旅は、道ずれ世は情けです。捨てたものではありません。

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知らぬが仏、寸前の所で凍死していたでしょう。

2019.06.14 (金)

知らぬが仏、レンジャー来てくれなかったら、今、ブログを書いて居ないでしょう。思い込みの恐ろしさと苦あればえ楽有りを同時に体験したのです。
アルゼンチンとペルーのしかも南極のマゼラン海峡近くに南米
ロッキー山脈末端なのです。

山岳人を惹き付けて止まないスイス マッターホルン3個重ねたような威容を誇っております。

氷河湖を前にして昼食弁当を取ったのですが陽当たりか良くても風避けの岩影無いと寒いのです。
昼食をとって、帰路についたのです。 しかし、私は、疲労のため小川流れている橋の近くで脚がつれてしまい、大騒ぎになったのです。
一緒にいった男性2組み緩和劑塗ってもらって痛みが収まり、もちろん妻もマッサージしてくれました。わたしに何時もの我儘で口論になり、はなれてトレッキング行動したのが事故誘因です。
身から出た錆です。最初の帰路は一本路の潜入勘に囚われていたのも事故もとです。
別れ道が有ったのですが、標識のスペイン語読めず、また、休んでいた二人組もいたのですが、声もかけなかったのです。ただよかったのは、真っ赤な毛糸の帽子を被っていたのが幸いしたのです。
二人組が毛糸の帽子を覚えていたのです。ホテルについて私が居ない事に光子が気が付いたのでしょう
想像するに、大騒ぎになっったのでしょう。私は光子の前をトレッキングしていたのですから。
慌てて、山岳ガイド飛んできて、二人組に訪ねたのでしょう。極地気温は夕闇になるとマイナス20以下に成るのです。もちろん、真夏の事です。凍死します軽装の支度ですから。凍死しなくて良かったと思っております。齢60代後半だと思っております。
ガイドと行き合えて良かったのですが、私は疲労困憊でした。余りにも歩行が遅いのでガイドが400mmの入ったリックを持ってくれました。それでも、切り株、根っこ、岩を避けながらの登り、下りはヘトヘトでした。携帯電話呼び出しても繋がりません。もう一度懸けたところ繋がり状況知らせたのです。
予定より2・5時間くらい遅れたと思っております。光子はホット市tsと思いますが、夕飯ありつけなかった旅ともカンカン立ったのです。
ホテルのドアを明け食堂に入って、私と光子は床に土下座したのですが、赦してもらえず冷たいっ視線か消えず、私と光子は仕方なく部屋に閉じ籠ったのです。そんな状況が5日間くらいつずき、意やな思い出で来なければ良かったと思うくらいでした。
まだ、此のあと後日談有ります。
長くなったので別のブログ書きます。

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国を持たない日本民族

2019.06.11 (火)

かって、日本には多数民族が存在した。
しかし、現在は、民族意識が薄れ単一民族の様相呈している。

アイヌ人も同化政策によって純粋なアイヌ人も居なくなり観光の土産売り場働いて居るのです。

まして、出雲属等分からない。薩摩隼人などなをわかりません。分かるのは琉球人くらいでしょう。
ところが、蕨市にワラビスタンと言うトルコ系クルド人がいるとのことです。彼らはトルコ語、クルド語、日本語はなすのです。 しかし、日本人と結婚して国籍を取得しない人が多く子供が大学を卒業してもアルバイトで経済的にたいへんなのです。

もともと、埼玉県は朝鮮半島から渡来した技術集団大和朝廷によって移住させられた人達の集団でした。黒川金山の採掘を任された民族の末裔埼玉県民なのです。

明治以降日本国民として、移動が出きるようになり他県から移り住んだ人も多いのです。

スタンとはカザフスタンやトルクメスタン蒙古民族のつくった国のなまえです。

埼玉県にも金山が山梨とのあいだに有ったのです。今は、閉山しています。

舳倉島と北限海女

2019.06.06 (木)

今から40年位前の事です。昭和50年代です。
舳倉島は石川県輪島から北東50k位に位置する小さな島です。
北限海女(商業)居ると言うで事行ったのです。一寸時化ていましたが海女さんは何処に居るのかと独りごと言って辺りを見回すと話ウエットスーツの若い頷いたのです。困りました。時化なので休業との事でした。
これでは、写真は撮影できないと思い、腹もすいたのでところてんを食したのです。美味しかったこと。

やることがなく灯台にいってみました。草木なえぎヒョウヒョウしていました。
途中ナンバープレート無い車がデコボコ
道を走っていました。
どうしてかと聞くと駐在所無く、夏の間だけ20件くらいの民家に住人いて 漁の無い冬場は無人島になるそうだす。

舳倉島紀行。
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尾瀬沼の夜空

2019.06.06 (木)

尾瀬沼は水芭蕉を思い浮かべる方が多いと思います。
夜の尾瀬沼は静まり返って多くの星が尾瀬沼に投影され素晴らしい光景をのぞかせます。

しかし、恋人の様に自分の前に姿を見せてくれません。
我慢です。2~3日の余裕をもって行きましょう。

現れます。近場の美しさに触れて下さい。

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関東平野の屋敷

2019.06.05 (水)

関東平野は赤城降ろしや筑波降ろしの吹きすさ冬の光景を目にする。
今でこそ、エアコンによる
空調が進んでいますが、昔は夏の暑さをもって家の建築を考えたのです。
トイレも家の鬼門にたて外便所がおおかったのです。
病気の媒介をするハエから守るために南天を植えたのです。
もちろん、防風林の為に珊瑚樹を二階の庇越える高さに植えたのです。
珊瑚樹は火事になると肉厚の葉から水蒸気出すとの事と母に教えられました。
また、利根川の氾濫の時玉石上に置かれた家の流されるのを防いだのです。
当時の家は藁葺きが多く全重量が押さえ込めなっかたのです。
家も中2階や平屋多かったのです。
風呂無い家が多くもらい風呂多いのも特徴でした。
お金持ちの家は、利根川の氾濫を見越して土をもリ蔵をたて水害、火事、泥棒備えたのです。
街道筋や旧利根川沿いの檀家では商売上の為同じ高さの蔵が軒を連ねたのです。
街道の一番の商家は、陣屋と成ったのです。名誉を重んじたのです。
私の仕事の粕壁の田村邸もそうです。

久喜市、リフォーム、海外旅行、国内旅行、笑顔があれば皆友達
笑い宝。

ブタペストのライン河クルーズで観光船か事故

2019.06.04 (火)

黄金の輝きの船旅で事故。痛ましいと友に自分達が遭遇したらと思ってみたら
妻をはじめ自分も命を落としたかもしれない。
ゾッとする出来事でした。

世の中、身につされる事が多すぎます。
内側に籠ったうっ積が幼稚園児と外務省職員を巻き添えにした事故も
自分の孫だったらと思う事故がおきたのです。
格差社会が生んだ痛ましい事故です。
その内、日常茶飯事に成と思っているのは喜寿を過ぎた爺婆の思いすごしでしょうか。
学歴のない低収入人達なのでしょうか。

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