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記事一覧

コロナ禍の記録を残す。人生最後の使命感

2020.07.03 (金)

 今のコロナも100年経てば、過去の話で聞いたことがあるね。そんな歴史感覚です。
 父、熊太郎は、関東大震災を経験し、企業は半年過ごせる(事業資金=社員の給与+経費+税金)余裕資金を持てと事業のリスクを長兄(仁平~私)に引継ぎました。
 父熊太郎は鷲宮小学校の建設資金1600円の半分800円を出し旧鷲宮村に貢献し、今でもインターネットで「扇谷熊太郎」(76年前に故人)と検索するとアップするのです。

 4/27の日本経済新聞に、コロナで「機関投資家」が雇用維持を呼び掛けた。世界45ケ国の年金基金の運用会社「国際コーポレート・ガバナンス・ネットワーク」でさへ、雇用の維持が出来なければ「超優秀な人材が他社に流れ、その会社の「将来リスク」が増幅されるのと話しています。リーマンショックの時に希望退職者を
募り日本は経験済みです。

 戦後の事実ですが、生保・損保が蓋を開けたら「玉手箱」白煙上がって空手形。浦島太郎も驚く世の中だったのです。
 祖父米作が可愛い孫娘のためと思って「嫁入り保険」に加入し、戦時国債、150円購入したのす。(現在の600万円相当) 

 今でも、戦時国債は郵便局に持参すれば、換金してくれます。コーラーも1本買ってどうなります。祖父は実直・質素、国が困っているからと購入したのです。しかも、私の妻の孫は「嫁入り保険」でブラウスを1枚買ってチャラになりました。戦後の新円切り替えの被害者です。

 また、教育受ける権利や(国民はハーバード大を卒業の資格取得等、行政官庁へ行かずに自宅でパスポート申請・受け取りができる時代が来るのです。そんな時代が目前にあるのです。
 
 今、世界は、高度な手術でさへ「マニュアル」見ながらロボット依る手術が可能なのです。

 コロナ後の世界がどう変わる。教育、納税申告、納税、事務系、営業、塾等々が急激な変化に追随できない人々が増える事でしょう。
 
 TV、古典芸能、博物館、美術館、歌舞伎、落語なども、実際に今でさへ、3Dプロジェクターを使えば可視が可能なのです。
 自宅で、ワインを飲みながら6Gの時代になれば、立体映像さへ可能なのです。そうすれば、博物館・美術館、歌舞伎、落語見る人が減ることが考えられるのです。世界一のハリウッド映画でさへ将来の展望が開けないのです。ウオルトデズニー・ソニーミュージックもリーマンショックの時にソニーを救ったドリームがありました。
 今のソニーは、本社ビルをはじめ日本各地のビルの売却をニュースで見ました。八岐大蛇のようにもがいて「世界のソニー」変身しようと苦悩しているのです。

 今、企業はSDG持続可能な開発目的(環境・貧困・飢餓・.エネルギー・気候変動・平和的社会)を第一目標に掲げ始めています。

 ドイツのメンケル首相は、国民に今回のコロナ禍で、祖父・祖母・母・父・パトナー等々実際の生身の人間にかかわる問題ですと国民に語り掛け、一過性でなく有名人の死や病院で亡くなった少女・幼子の命の問題であり、国民全体の問題として、連帯・協調が必要と訴えたのです。

 阿部首相と小池都知事、あるいは6都府県知事も同じで、日本全体の国民の命の問題と捉えてくださいと会見しているのです。私一人ぐらいと考えてはいけないのです。ここは、近所の公園も行くことを控える踏ん張りどころです。

 アメリカのトランプさんは6Gの世界構築を掲げ、中国を突き放したいのです。私も望む1人です。中国の新シルクロード、特に海のシルクロードは海洋覇権が見え見えです。アジアの発展途上国は財政負担に耐えかね握手しそうで心配です。土下座してでも国民に飯を食わせ、自分の功績にしたいのでしょう.インデラ・ガンジーさんの聖地に行きました。感激を覚えました。

 私見ですが、晴耕雨読、読書をしましょう。ブログを書きましょう。

世界最古の童話「浦島太郎」伝説を追っての旅

2020.07.03 (金)

 昭和37年神奈川大学に入学し、授業の合間に東神奈川のアイススケート場に行ってコケいました。
 東海道の傍らに浦島太郎の石像あります。近くに「慶雲寺」あり、寺には浦島太郎に関する観音像・巨大な亀や浦島中学校や亀石や太郎の涙石ある成仏寺という寺もあります。

 今は、ベイエリアとして「ガンダム」や若者のデートコース・マンションの林立す場所に、かって遠浅の東雲海岸に竜宮城から帰ってきた海岸があったのです。それだけではなく、鹿児島県開聞岳の海岸に浦島伝説があって、20歳の時にした九州旅行を思い出しています。

 新婚旅行で行った、天橋立の丹後半島(伊根町・船宿)が浦島伝説の発祥の地です。
 
 浦島太郎は足利5代将軍義政時代、禅宗と共に、謡曲、能などによって庶民に広まったのです。
 驚いたことに、日本の15都府県に形を変え、遺跡・神社・伝説があるのです。海のない長野県にも存在するのです。

 海彦・山彦の豊玉姫伝説も浦島伝説なのです。話は亀が鯛に変化しています。浦島伝説は沖縄の各島に存在し、亀は琉球では(沖縄)神的存在で大切のされ、琉球=竜宮に通じ、白砂と美しい海があります。最近の話題では首里城が漏電火災で焼失したことがニュースになりました。

 浦島伝説の背景は兼好法師の徒然草の最初に似ていて興味津々です。浦島伝説は英国で翻訳され、ヨーロッパにひろまりました。 

 浦島伝説は、日本書記に記録されているのです。日本書紀は西暦700年代に書かれた、国家事業で、平安遷都(京都)の桓武天皇が治めた前後の時代で丹後半島の風土記の記録です。
 また、桓武天皇が東大寺発願したのは平城京で大火の後、疫病の蔓延と僧の横暴が目に余ったかなのです。
 インドから開眼導師として、バーラードヴァージャを招聘したのです。
 日本書紀、古事記は、奈良の平城京が大火で焼失してしまった関係で、稗田阿礼が勅命を受けて地方に漢文、倭漢字、口伝として残る物語をまとめ、学者たちが精査の上で記録されたのです。 文中には学者の私見も垣間見る事ができます。

 浦島太郎でなく、浦島子として登場するのです。きっと、仏教伝来とともに入ってきた報恩感謝や蓬莱思想を受け継いでいるのです。
 元々の話は、中国揚子江流域に存在している民話が朝鮮半島を経て、日本に持ち込まれたのです。
 その証拠に竜宮城は、中国の架空の竜(天地)の館です。中国の故宮博物館の棟には、仙人を先頭に麒麟、鳳凰、玄武、竜、朱雀、天馬、海馬、シビ、等が隅棟飾りとして存在します。このような視点でカメラを覗いて下さい。

 丹波国の学者長官(今の大学教授:美濃部都知事のような人)(連=むらじ)伊預部馬養(いよべのうまかい)が、中国の説話を訳としたのではないかとも言われております。

 主人公の浦島子と亀比売(カメヒメ)の話は仙人世界の風流人と絶世の美女の官能の話です。土産のもらった玉手箱を開けて白煙がたち、蓬莱山では3年が人間界では300年に相当し、あっという間に年を取って帰ってみたら故郷の景色は一変していたのです。また、倅が呆けて遊びに行ったそんな話を聞いたことあると村の長老の話になっているのです。

 浦島伝説も面白いと思いませんか。人間は、遊んでばかりいてはいけないと子供に諭す童話なのです。何故、こんなことを思ったか。韓国の友人で故人になってしまった「催 奉根」さんの話に韓国の童話は、他力本願で自分で努力して何とかしようという話が無いのです。いつも中国の威光の前にひれ伏して、属国外交が歴史の根底にある事を教えられました。

 日本の童話は、桃太郎、一寸法師、金太郎、大国の命の話、みな自力本願で事を成就します。国によって幼児の育み方も違うことを実感したのです。20年以上お付き合いさせていただき、ご子息さんの結婚式に呼ばれたのです。

 妻沼の聖天様に素晴らしい浦島伝説の彫刻があります。国宝です。一度ご覧ください。埼玉の東照宮と言われております。
 

黄金街道と森進一の襟裳岬

2020.07.02 (木)

 森進一の歌謡曲で有名な襟裳岬は、落石、地滑りで迂回しなければ通行できなかった難所です。昭和になって財政も潤い昭和2年から9年の7年の歳月をかけ建設されたのです。
 黄金道路の地名は道路に黄金を敷き詰めたかごとく莫大な費用が掛かったのです。
 トンネル間の景観は、素晴らしく紺碧の太平洋と砕ける波涛、溶岩の黒、海岸の茶色の長い昆布畑の美しい景観です。
 襟裳岬を過ぎ日高の景観は、異次元のすそ野を広げた牧場に競走馬やホルスタインがのんびりと牧草を食んでおります。のどかな勇払平野原野です。

 今は、話の中の過去の思い出ですが、50数年前にはアイヌの人達が二風谷・ピラトりに村落を作っていたのです。今はアイヌ文化博物館があって観光地です。
 アイヌ人は裸族だった先史時代の人々の遺伝子を受け継ぎ、夏冬体毛が抜け替わるそうです。クマの木彫りを彫りながら木村さんの和名持つアイヌ人が語ってくれました。。
 今では、アイヌ人も日本人と同化し判別つきません。志賀直哉の破壊は父親が部落民の身分を隠せと強く戒め、教壇に立つ身としてあえて告白して、生徒の前で身分を明かすのです。今は、人口移動で本人自身まで出自が不明になり、日本人としてひとくくりになったのです。良いことです。
 私も70歳を過ぎ、過去を大きな袋に入れてかき消して、古典文学として存在し、歴史の一小間としてロウソクの光りのように消えてなくなり、学者のみがこの世界に入って研究するです。

 北海道の原野は、屯田兵によって切り開らかれ、流氷、雪まつり、創業者「竹鶴政孝」の夢・ニッカウヰスキー、トラピスト修道院、鶴の群舞の、摩周湖に樹氷、函館の夜景、層雲峡の氷柱、私達にとっては雪国のロマンの場所です。
 しかし、札幌雪祭りの屋台でインバウンドによってもたらされた新型コロナが札幌、スキーのメッカ・ニセコも火が消えてしまったのです。
 黄金海岸もバスどころか人も消えたのです。TVのニュース知ったのです。

然別湖の大きい蕗にしたの竪穴住居:小人族:コルボックの話

2020.07.01 (水)

 北海道の奥深くに、線を引いた朝もやが立ち、天地の区別が漫然とする然別湖の静寂の世界、山あいの思い出があります。
 大きな蓮の葉を、かぶっておどける小人族のコルボックスの世界でした。青春だからできる悪ふざけ‼。良い思い出でした。
 今、故人の照さん。荼毘に付され、小さな骨壺に収まり、抹香の香をかぎながら笑顔で手を振ってるようです。

 縄文時代、シベリア大陸や津軽海峡が氷結し、ユーラシア大陸や本土との行き来にマンモスを追いかけて、はるかかなたの「阿弖流為(アテルイ=八幡太郎義家に捕らえられたアイヌ人の首長)の祖先の先住民が竪穴住居に毛皮をかぶり、古代人の部落があったのです。
 想像力を働かせて、頭の体操とボケ防止に良いと思いながら悦に入っております。

最近、アメリカでアイヌ人はアメリカ黒人インデアンの末裔とのニュースが話題になったそうです。
 本当は、アルタイ地方のモンゴロイドが、ベーリング海峡が陸続きだったころ、約1万2000年前人口が急増したのです。
 まだ、北極が温暖でサソリや亜熱帯の森林が繁茂していたころの話です。グリーンランドで極寒の氷上で研究している学者がテント生活をしていた姿を私たちは見てきたのです。

 学者は凄いですね。許可を得て1200人の遺伝子を採取して分かったそうです。彼らは仮説を立て、データーを積み上げ確信を得て論文発表になるのです。
 ユーラシア大陸の母系遺伝子ミトコンドリアと父系遺伝子の染色体Yの突然変異を見るとわかるそうです。そんな論文がペンシルバニア大学の教授が発表したのです。しかし、反論もあるそうです。
 然別湖は十勝平野の帯広の北に存在します。早朝の観光にお勧めです。

 今は廃線になり、人口減少の石狩本線も、列車の最後尾に乗って
全車両を撮影した58年前の記憶にひったって居ります。日本のエネルギーが石油にとって代わる前の時代です。石炭が主力で白煙を上げながら汽車の時代です。「炭坑節」の時代です。80歳を迎える年代に方は修学旅行は汽車の旅でした。

 ところが、今は脱石炭の時代です。日本は東日本大震災の東海村の原子力発電の拒否反応があります。小泉環境大臣のCOP21の国際会議で将来の温暖化対策に登壇し、歯切れが悪く2度の汚名の化石賞に選ばれたのです。

 でも、コロナ対策は、アジア諸国で対策を取れたのですが、夜の繁華街でまた増え始め100人を超える感染者が小池のおばちゃんが東京アラート出したいのですが、難しい状態で専門者会議を再開する雰囲気出す。コロナで世界が分断し、経済の破壊が進み、ANA・JALの外国への竣行が国によってなく、貧困国への援助のボランテアも家庭菜園での食料で飢えを防ぐ方法などのSNS活動始めたのです。死に怯える子供達にとって少しの朗報かなと思う一人です。

青函海峡・6時間の船旅

2020.07.01 (水)

 旅愁誘う青函海峡。凶暴な海峡の座礁船と洞爺丸。昭和29年(私が小学6年生)台風の目に入った洞爺丸は,錨を上げ、晴天の青空の元、函館港から出港した。同時にそれを見た他の貨物船も出港した。空は雲一つない快晴だが、波涛は怒り狂っていた。
 誰もが経験したことがない海難事故が起きたのです。青函海峡は潮流が速く、下北半島の仏ケ浦の素晴らしい景観と比べて、貨物船の座礁の哀れな鉄の塊を見たのです。
 
 結婚ホヤホヤの時です。網走の刑務所帰りのTさんが乗船していたのです。彼は戦争中は海軍に所属し泳ぎは達者でした。津軽の荒れ狂う波を500m近く泳ぎ切り救助されたのです。もし、陸軍であったらどうであろう。死は神のみぞ知る。と言われるが、トビウオと言われた古橋広之進さんの回顧録に「仰せられればどこまでも」Tさんも今は草葉の陰で私の囁きに怒り心頭と思っております。波阿弥陀仏:合掌、許し下さいね。

 青函海峡も青函トンネルで北海道の快適な旅を満喫できますが、ノスタルジア無くなり、人間が忙しくなってしまったのですね。
 SNS、ビットコイン、QRコード、TV電話の会議、塾のタブレット予習復習、宅配ボックス、活字からパソコン、印章文化からサイン文化の移行、日教組が改革のコロナ社会への環境変化、アマゾンとリアル店舗の融合、コロナの渦に社会が変わり、世界中の46%人たちが職を失う。いや筋書き待っている。
 古代ギリシャや古代ローマの遷都がコレラによってなされ、同じ事態が待っているようですね。

 世界は貧困層の拡大。難民、分断、冷戦拡大、どうにもならないグローバル、世界はどこをに向かっているのでしょう。中国の新シルクロードの囁き、国連の介入、巨額債権の引き受け、貿易戦争、団結こそコロナ禍を早期に止める手だてなのだがストレスが溜り、いいじゃないかの庶民の行動、困ったものです。日本電産トップの言葉を借りると、今までは経営者は、利益第一主義でした。
 しかし、これからは、環境、健康、自然、家族、協調などを考えて経営しなければいけないと今までの哲学の誤りを指摘しております。
 大企業は国家を動かす力さへ持っているのです。世界企業のコングロマリッドは自覚を持たないといけないのです。

潮の香:あるの?・・・・案あの嘘

2020.07.01 (水)

 積丹半島の浜をぶらぶらして分かったのです‼。潮の香はどんな香りなのでしょう。皆さん嗅いだことありますか。
 南極海、沖縄のオーシャンブルー、オーストラリアの紺碧の海、全然匂いが無いのです。動物は本能的に塩を欲するゆえに、それがほのかに感じられるからなのかもしれません。
 積丹半島の奇岩を眺めながら、青年の時、砂浜に捨てられた昆布や貝殻から匂ってきたほのかな匂いに魅せられた思い出を55年前の追憶を辿っております。新緑の森のヒノキチオール、春の訪れのソメイヨシノ、7月の満開の日光キスゲ、皆独特の嬉しい香りの中に人は浸る願望を持っているのでしょう。
 シンガポールで、初めてランの匂いを鼻先を、乙女でなくてもゲスな男でさへラッキーを感じました。香りの世界から音の世界は、また別の意味を持っています。
 早春の雪解けの音に癒されるのです。滝の音に目を見張り、春を告げる大木に耳を当てると、かすかなゴーという息吹の音を感じることができます。

 よせては返す波の囁き、蓮の花のおはようの「ポン」も独特です。秋の虫の合唱、静かなマツムシ,邯鄲の音色も日本人独特の音感なのです。
 虫の音は同じ日本人でも、沖縄の人は、あまり感じないようです。あの素敵なマツムシの音はもう遥か彼方に行ってしまい、コウロギさえも聞くこと叶わないコロナに負けてしまったような気がします。
 お家時間が多すぎて、自然界のささやかな出来事までも見えなくなってしまいました。

 子供の笑い声や泣き声は遺伝子情報によって良くも悪くも感じ方が違うのです。
 音って不思議ですね。
今回の新型コロナは、音どころか見えない敵にオロオロしているのです。
 革新は、何時の時代も疫病によって人間が戦いに勝って、時代が移って行くのです。
 私が見た革新の何が「ヒットラーが起こした第1次世界大戦あんなの嘘」起稿させたか最たるものです。アウシュビッツ収容所のゲートに掲げられた「働く者は救われる」みんな嘘です。1400カロリーの食事で軍楽隊に鼓舞され死が待って居るだけなのです。
 女・子供・身体不住の男子は、すぐにガス室に送り込まれ死を待つばかりです。しかし、貨車で運ばれ人数で膨大なため数日かかるのです。25畳くらいなコンクリートの床に、50~60人ぐらいが起居を共に糞尿は垂れ流し、ネズミが発生しコレラが蔓延したのです。送り込まれたユダヤ人やその他の人々が死んでいった悲惨な事実があったことを伝えたくて無理やり挿入させていただきました。
 
 これが「アンネの日記」に記録され、父親が出版したのです。

 

絹の道は今も昔も摩訶不思議

2020.07.01 (水)

 15000キロに及ぶシルクロードは、飛行機で行く点の旅では華やかな面のみが描き出され、ロマンをかき立てるだけで判らずじまいでしょう。
 古来からシルクロードは国家間の覇権争いの場であって、ロマンやほのかな香りはちょっことしかなく、中国が覇権国家になったのも、張騫、霍去病(カッキョヘイ)が歴史の表舞台に躍り出たからなのです。
 
 しかし、日本人にとっては無知の世界に存在した人物であって、高校の歴史にも登場しないのです。張騫は大月氏に行く途中、大宛(フエルナガ:ウズベキスタン東部)滞在し、王のもとに保護されていましたが、匈奴の王様にとらえられ、10年の歳月を耐え抜いたのです。紀元104年の事です。アレキサンダー大王が癲癇(てんかん)で没して200年余りの年代です。
 ウズベキスタンの陵墓から出土した青銅のツバメに乗った50センチ弱の小さな馬が中国最初の国宝になったのです。
 これが馬頭飛燕です。現在は北京の博物館で公開されています。
 現甘粛省・武威市(雷祖廟雷台漢墓)には青銅の馬頭飛燕を先頭に出土した軍団に編成した堂々たるレプリカが飾られております。

 秦の始皇帝陵の兵馬俑は青銅加工の技術無く、土器を制作する焼成もだるま窯で還元焼成なのです。登り窯ではなく、ダルマ窯でした。
 遥かなシルクロードの中にも、日本人の足跡があるのです。明治33年チベット仏教に身を染めた川口永海もその一人です。
 シルクロードは奥深く、平山郁夫画伯も無機質の大地の中に群青の夜空と赤茶けた山々、ラクダの隊商、キャラバンサラエ、モスクなんでも書き残し、私も満月に隊列を組む絵を購入しました。
 
 今は、ハニウリの美味しかった思い出、1000年を経た桑の実から醸成したお酒を飲んだ思い出の瞑想に耽っております。1000年を耐えた桑は、幹回り1.5mはある日光街道の杉のように大木です。理解できないでしょう。

 この時代もイノベーション連続です。石器から青銅器、そして鉄器、弓矢から投石の大型兵器の変遷を経ているのです。そこには兵士たちの死体からウイルスの拡散があったのです。歴史は繰り返されるのです。

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